8 高司祭さまの謎の友達
その後、俺はワイズマンとトート先生とロー・アースに散々説教を食らい、
日をあけて慈愛神殿にトート先生と向かうことにした。
「おかしいですね」
トート先生は不思議そうに言った。
「そのようなお話は聞いていませんが」
妙齢の侍祭が悪臭を放つ学者に言い放つ。
「(チーア。この者は??? )」妙齢の侍祭が小さい声で俺に耳打ちする。
「いえ、新商品を作りたいので慈愛神殿にご協力を願うよう、こちらの神官様にお願いしたのですが」
「聞いていませんよ?」司祭さまも譲らない。
おっかしいなぁ。確かに高司祭さまにお渡ししたはずなんだが。
「あなたのような下っ端が直接渡せるはずがないでしょう」
ジェシカはきついこと言うなぁ。
……あのはしゃぐジェシカは意外とかわいかったな。うん。
先日の痴漢? は俺と本気で気づいていないらしい。
「まぁいろいろあって直接渡したはずなんだが」詳細を言うと俺が死ぬが。マジで。
「ありえませんね」
突っぱねるモニカ司祭。優しい人なんだが、トート先生の悪臭は耐えかねるらしい。
「埒があきませんね……高司祭さまにサンプルをお渡しした上で石鹸を作ってもらうようちゃんと頼んだんですよね? 」
……あれ? そういえば頼んでないぞ???!
一瞬、二人の表情が固まった。
「石鹸?? なんですか? それ??? 」
「え~と、水に溶かすと身体が綺麗になって良い香りがするようになる泡を作る石なんすが……」
「トチノキの実の泡と違い、衣類の扱いには注意を必要としますが人体には絶大な効果を発揮します」
「「……」」黙り込む二人。
「(サウナにあったアレですか? )」「(たぶんそうでは……)」
ひそひそ話しているけど、半妖精の耳には丸ぎこえなんですが……。
「ちょっと、こっちに。チーア! 」
何処に連れて行くんですかっ! てか腕がちぎれる!
「トート様もっ! 今すぐ!! 」ジェシカがトート先生の手を引っ張る。
トート先生は「このような美しい方に先導されるなんて光栄ですねぇ」とボケている。
ずんずんと進む俺たち。司祭や侍祭の個室のあるエリアにずんずん進む。
そして簡素な扉の前に立つ。
「「高司祭さまっ!!!!!!!!!!! 」」ばんっ! と開かれる扉。
「いない! 」「逃げたっ! 探しなさい!! 」
……逃げる? 逃げた?
うーん? なんかベッドの端にシーツで作ったロープみたいなのが。
……窓まで伸びてるけど……。
簡素な机の上になんかある。……これ、手紙?? 読めないけど。
ばしっ! と俺から手紙を奪うジェシカ。
「『お友達の所に遊びに行きます。ごめんなさい。公務はお願いします』……です」
司祭さまが読み上げる。……え~と。
「追え! 追いなさい!!! 」ヒステリックに叫ぶジェシカ。
おいおいおい……。ひょっとしていつもか??!
「うんしょ。うんしょ」うん?
「うんしょ。うんしょ」窓から黒髪の綺麗な女性の顔。その顔が固まる。
「お帰りなさいませ。高司祭さま」
ジェシカと司祭さまは愛想よく迎えたが、その表情は見えなかった。
いや、見たくは無かったが。
「ごめんなさい」
たんこぶを押さえて高司祭さまが正座している。
侍祭にドタマぶん殴られて正座させられる高司祭さまとか、
正直、下っ端の神官にはショッキングなんだが……。
「またします」「……正直でとても宜しい」
高司祭さまのこぶが増えた。
「また正義神殿に遊びに行ったんですかっ!」???!!!はいぃぃぃ???!!
「友達の所に行っただけです」は、はぁ。信者の聖騎士候補の子供とかかな?
「正義神殿の聖女と友達とか」「……ドミニクとは慈愛神殿に入る前から友達です」
……なんじゃそりゃああああああああ!!!!
「聖女」ってのは生まれながらに正義神に愛された使徒で、
強力な加護を使いこなす存在である。もっとも世俗、神殿内とも権力らしい権力はない。
「他に友達いないんですか……」ジェシカ侍祭がぼやく。
「……」うるうると目に涙がたまる高司祭さま。いないんかい。
俺、頭がおかしくなりそうなんだが。
「いっ、いますよ」「ほう? 」「どこに?? 」
一斉に視線を逸らすジェシカとモニカ。何かと酷い。
涙目の高司祭さま……なぜ俺のほうを見る?
「こっ! ここにいます!! 」……おい。巻き込むな。
「コレですか」「同性ですし。問題ありません」「そうですね」おい。まて。知らんぞ。
コレってなんだっ! ってか、俺が女って誰がバラした!!!??
「見ればわかります」「ですよね」……さっきは知らん振りしてたのか。
だったら殴るな。止めろ。「ちょっと取り乱して普通に殿方と思いました」
おい。ちょっとどころか鬼気迫ってたぞ。
「そうですねぇ。男性だったほうが私にはうれしかったのですが」異臭を放つ学者がチャチャを入れる。
今、凄く変な事言わなかったか? 先生???!!
「男装のローティーン少女というのもまぁストライクといえばストライクですよね」「ですね! 」
ストライクってなんだよストライクって。つか同意するな司祭さま。そういう趣味か?
「ところで」異臭を放つ学者は言う。
「お初にお目にかかります。私はトートという学者です。無礼ながら単刀直入に申し上げます。
石鹸を作る手伝いをして欲しいのですが。高司祭さま」
「……」なぜか黙る高司祭さま。
「……あの。あれって貴方のもの? 」首を縦に振るトート先生。
「チーアさんに頼んで貴女に使っていただいた上で慈愛神殿で作成の手伝いをしていただこうかと」
「「……」」侍祭の冷たい視線が俺に注がれる。小さく肘で小突かれた。
「あ、あれをうちで作れるんですかっ!!! 」
司祭が夢見る乙女のような表情で膝をついたかと思うと、
手のひらを組み合わせてトート先生を見る。キラキラ度すげぇぇぇぇっっ!!!!
「少々危険な薬物を使いますので、地下だけで作るのは危ないんです」ほう。
「……どうも数々の手違いで貴女(註:高司祭さま)以外の方が使ってしまったようですね」
「「「ごめんなさい」」」侍祭、司祭、俺がいっせいに頭を下げる。
「あ、あの。ごめんなさい」????
「貴方のものとは露知らず……。お気づきだと思われますが、ドミニクにあげちゃいました」
……ですよねぇ???!!
「正義神殿にアレを渡したらどうなるかわからないのですか??!! 」切れる侍祭。
……。はい。俺もここまで騒ぎになるとは思いませんでした。
「ドミニクだけなら問題ないでしょうっ!!?? 」「うるさいっ!!!! 」
あの潔癖症軍団にあんなもん渡したら慈愛神殿以上の騒ぎになること間違いなし。
しかもあいつら手が早いし、刃物を簡単に振り回すマジキチっぷりだから……。
「死人が出たらどうするんですか」俺は騒動の発端なのであまり強くはいえないが。
「……だって、ドミニクが可愛そうで」確かに聖女は別名篭の中の鳥とも言うが。
「好きな人に振られちゃって……」へぇ。聖女も恋したりするのかぁ。
「その、喜ぶかなぁと」……女性にアレを渡したら、確かに喜ぶ。うん……。
「……」俺はため息をついた。皆の視線が俺に集まっている。
「わかりました」本当は嫌だが。「取り返してきます」
「お願いします」四人は俺に頭を下げた。もうやるっきゃない。




