7 謎の女の正体
「馬鹿野郎!取り戻して来いっ!!! 」「はいいいいいっっ!!! 」
怒鳴りつけられた俺はふらつく脚で慈愛神殿に走る。……なんか騒がしいぞ?
「あ。チーア。かくまって!! 」……アンジェ。俺、それどころじゃないんだが。
「『殿方を悦ばせる百の技』あげるから、また『五竜亭』かお父さんの小屋にかくまって! 」「無理」
……と、いうかうれしくないし。其の報酬。
冒険者以外の神官、下級神官は無断外出禁止である。
それを破った挙句に先代の最高司祭の家族の家に逃げ込んだアンジェは恐ろしい罰を受けた。
『無断外出をすると無意識に遺書を書いてしまう契約祈祷』である。
「……つか、こんな大騒ぎになるか??お前何冊隠してた? 」
「こないだ何冊か没収されたばかりだし、10冊しか持ってないよっ!? 」
……おい。
「よくわかんないけど、司祭様が消えてラッキー。今のうちに逃げるの! 」
「……イタズラ好きの精神の精霊よ。『困惑』」「!!!! 」
「司祭様に自首しろ。今なら大丈夫だ」「うん」よし。解決。
「しかし、大騒ぎだな」どうもエライサン連中の姿が見えないらしい。
高司祭様直々の命で「風呂。調整中。立ち入り禁止」らしいので、
奉仕にいって戻ってきたばかりの下級神官たちが困っている。
「うううう。またうんちまみれ~~」ありゃたしかミズホじゃないか。
「おい。ミズホ」「ミナヅキだよ! 」わかるかっ!
「お風呂が使えないの~~!助けて~~! 」……と、なるとこっちがミズホ。
「『浄水』って水にしかかからんぞ? 」お湯と氷はダメである。「「えええええ??!」」
「「さむい~さむいよ~! お湯が欲しいよ~! あの石ほしいよ~! 」」……へ???
「おい。先ほどカレンに渡した石鹸って石どうした?? 」嫌な予感がする。
「ああああ!!! なんか知らないけどいつの間にかなくなってたっ!!!」 ……マジか。
「持っているとしたらカレン?? 」……え~と状況がわからん。俺はカレンにお前らに渡すように言ったぞ。
「女神様ごめんなさい。えっと、石の取り合いで大喧嘩しちゃって、
カレンに『平和』の奇跡を使われて説教されて追い出されて……」
??? ……カレンって自分の飯すら孤児院の子供に譲ってしまう奴だぞ? ……ガメることなどあり得ん。
そもそもなんであんな石ころひとつで自衛のための戦い以外禁止の慈愛神殿の女どもが喧嘩するんだ。
「……お前、実は持ってるんじゃね? ミナヅキ? 」「ミズホだよっ!! 」
わかるわけねぇ!!
「火だせるでしょ?! お湯沸かして! チーア!! 」
喧嘩うっとるんか!? 俺は薪じゃないぞっ!!! レティ!
それにアレは俺の意思じゃない!
「お湯とあの石が無いともうだめっ!! 耐えられないっ!!! 」
お前らは麻薬中毒患者かあぁっっあ!!!
俺は風呂に向かう。あるならそこしかないだろ。割と本気で。
「高司祭様が風呂に入るなって!! 」知るかアホ。
下級神官どもにウンコまみれの奉仕させておいて舐めんな。
バン!! 風呂の扉を開ける。予想外にも中には人がいた。
「……」
中にいた人々と一瞬眼が合い、即座に閉める。
え~と。
……今、『慈愛深い素敵なエラーイ女性たち』がすっごく仲よさそうに
裸ではしゃいでいたように見えたが。
……幻覚だな。うん。俺も疲れているんだ。間違いない。
『男おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!! 』
いやっ!違う違う違うっ!!!
あっという間に裸の女どもに囲まれ、袋叩きに会う俺。死ぬ死ぬ! マジ死ぬ!!
『平和』「……!! 」 あれ???
スリットのはいったゆったりとしたローブをまとった黒髪の美女がため息をついている。
「酷い怪我ですね」この美人ってひょっとしてサウナの。
柔らかい光が俺を包む。……暖かくて優しい。
「皆さん。職務に戻りなさい」ぞろぞろと戻っていくエライサンたち。た、助かった。
「胸が見えていますよ? チーア」 ……!
は、はいっ??? 誰?? この人っっ???!!
あわふたと服を直す俺にため息をつく美女。
「まぁ、貴女だなんて気づいていないでしょうから大丈夫ですよ」は、はぁ???
「……あと、ズボンも破れていますね」うひゃああああ!!
はぁ。とため息をつく女。その手には例の「石鹸」って石。
「あああああ! それ!! 」「……どうもこの石は争いを呼ぶようですね」
……え~と。今、確かに……ちょっと信じられないモノを見た気が。
「今、カレンいませんでしたか? 」
「すっごく綺麗でしたね……」はぁとため息をつく女。
え……と。えっ……と……。
「……アレ、マジでカレン? 」
あの煩型のオールドミスが他のエライサン方とともに少女のようにはしゃぎまくって、
大きな泡飛ばして遊んで、ついでに歌まで歌ってたが。
……カレンだけじゃなくて持祭やアンジェを追っかけていた筈の司祭様までいなかったか?
「……どうもあの石を試すとああなるようです」「マジで?? 」
「汚物を除去するのみならず、美貌も跳ね上がるようです……」「マジか」
「チーア」「あの……俺、アンタみたいな人知らんのだが」そういうと女はため息をついた。
「兄上の手紙には『妹を宜しく』と書いているのに男とか」あっ?!
「おまけに、女性用のサウナで大声で『チーア』とか」ファルの阿呆っっっ!!!
「そもそも黒髪黒目の半妖精の数を知っていますか? 」
「し、信者かも知れませんよ?? てか、俺男用に入った筈だけどっ???!!! 」
あ。しまった。
「それは信者さんが使う時間だけです」
……ははは。なるほど……。
「ふう」女はため息をついた。「あとは私が処理しておきますので」
「あ、ありがとうございます」ありがたい話だ。でも。「あんた誰?? 」
はぁ。ため息をつく女。
「一応、留守を預かる者です」つまり、高司祭サマ???!!
「……こんな若いネーちゃんが?? 」「……行き遅れですけどね」
いやいやいや! 高司祭っていったら普通ジジイだしっ!!
「他所の宗派ならそうかもしれませんが、うちは未婚女性ばかりです」
な、なるほど。
とりあえず高司祭さまに石は渡ったんだし、取り返す必要は無いだろう。
つか、ここに俺がいたら後でどうなるやら。
「じゃ、じゃあ万事任せます!!!」
俺は逃げるように神殿を後にした。
当面近寄りたくは無い。




