第七夢。篭の中の小鳥と路傍の花 プロローグ
「バカヤロウ! 取り戻して来いっ!」「ひえええっ?!! 」
チーアに皆が切れた。
『糞のような理想のために』の直接の続編になります。
「よう。『糞を追う者たち』のチーア」
失礼な発言を放った盗賊の顔面に俺は無言でパンチを入れた。
俺。チーア。一応、冒険者。だと思う。
「いてぇ!鼻が折れた!」
……と。大げさに叫んでのたうつレッドの背中をそのまま踏んづけて俺は席に座る。
王家の狩場の森の真ん中に位置する『五竜亭』は相変わらず平和。
「いてぇいてぇ」と叫ぶレッドはいつのまにかおとなしくなり、
俺のテーブルに一緒に座り、干からびたエールを水で溶いたモノ(通称:馬の小便)を呑んでいる。
「おい。チーア。鼻と背中が折れたぞ。金クレ」
店内に「ごうっ」と強風。「首も折られたいらしいな」俺は小声で返した。
ボッ。という音が聞こえ、俺の座る椅子が勝手に燃えだした。
……派手にこけた俺を見てレッドが爆笑し、俺に手を貸してくれる。
寸前で彼が手を返したので、俺は再び派手にこけることとなった。
レッドは石畳の店内の床で馬鹿みたいに大笑いしている。こいつは笑い上戸なのだ。
レッドは腕の立つ盗賊だ。素性は語らないが暗殺術にも長けている。
あえて俺の拳を受けるという悪趣味な真似をするのは俺をからかうのが趣味というフザケタ理由である。
「……その椅子、高いぞ」「マジかっ!!!」
そこらの冒険者の店の椅子はしょっちゅう壊される関係から木の繊維がトゲトゲしている安物だが、
『五竜亭』の椅子はドワーフが鮫の皮で磨きあげており、かなり高価なのを聞いて俺は青ざめた。
「まぁ、俺が壊したってことにしておいてやるよ」
とはいえ、ひねくれているが笑い上戸なこいつは嫌味だが嫌いじゃない。
本人は否定しているが極めて面倒見がいいし、義理人情に厚いので結構頼りになる。
どっかの誰かさんにも是非見習って欲しい。
「今日はファルやロー・アースはいないのかい」
「……俺にからむなよ」
相棒のファルことファルコ・ミスリルはどこぞの荒野をのんびりと走り回っているのだと思う。
ロー・アースは友人と用事があるといって出かけている。
「なぁ。お前って」「あんだよ?」「いい匂いするよな」
……なぜ、そこで顔を赤らめる???!!!
よくわからんが、エルフや黒髪黒目の半妖精ってのは周囲にえもしれぬ芳香を放つらしい。
「こないだまでうんこ臭いのはアレだったが」「やかましいっ! 」
上下水道に侵入する行為は判明すれば通常なら裁判なしの即刻死罪なのだが、
さまざまな恩赦が働いて俺たち『4名』の首は繋がったらしい。
まぁ、あの中に住み着いている浮浪者たちが死罪になったという話は聞かないが。
「にしても」「なんだよ? 」
「家の中でも風は吹くわ、水浸しになるわ、時々揺れるわ、
ちょっとからかってやると勝手に火がつくわで、お前って本当に面白いな」「……」
「面白い」とかいう奴は常識をどこかに捨ててしまっている親父と、ファルコとこいつしかいない。
たいていは容姿もあいまって石を投げられたり(なぜか軌道がそれて当たらないらしい)、
逃げられたり、怖がられたりするだけだ。
気にせずにスルーする奴もいるが、たいてい、無視の一種である。
そうでない奴らは兄貴とか、ロー・アースの奴とか、エイドさんたちやアキくらいだ。
「……言っとくが、わざとじゃない」
特に発火については怒りを超えて醒めた気分になってしまうと暴発するらしい。
風とか水とかは腕を動かすよりは多少疲れるが、感覚的には手足のそれと大差ない。
火だけ制御が利かないのは火を嫌う森エルフである母親の血筋もあるが、
物心ついた時から旅暮らしで火打石を使って火をつけるのが上手だからだろうとは親父の言。
「知ってるって」はははとレッド。
「おまえからかってやって、制御の方法を教えてやれてフレアが言ってたのさ」
……ふーん?
「あとで、黒焦げの野豚を届けるって伝えておいてくれ」「はいはい」
まったく。今日は平和だ。この平和が続けばいいのに。
もちろん、そんなことは遥かなる夢物語であった。




