エピローグ 旅立ちの朝に
こうして、『仇うち』は終わった。
よくわからんが俺らの周囲は非常に穏やか。せいぜい知り合いの盗賊のレッドがギルドで思いっきり殴られたくらいだ。
マートから「彼女を大事にしろ」って言われたらしい。勿論手足も無事。良かったな。レッド。
いつの間にか彼女まで作るとは流石だというと「……お前なぁ」と呆れられた。
マートが何故か奢れと命令したらしく、今週は奴のおごりで飯が食える。ありがたいことだ。
裏でどんな思惑があったか、どうして俺たちが無事なのか。それはまったく判らないし判りたくもない。
懸念されていた暗殺者ギルドの復讐もないし、良くわからない。
ファルコの親父のミリオンと母親のアップルは最近姿をみせない。忙しいらしい。
ファルコは何処からもらったか判らないたんこぶを抱えて涙目。
あっちこっちから心配されて、叱られ、殴られたらしい。
あっちではエイドさんが張り紙の方法を工夫しなおしている。
アーリィさんもアキもほっとしたようで何より。というか、俺がほっとした。
『"黒き針"を倒した伝説の傭兵。またも復活した"黒き針”を討つ! 』
そんな酒場の噂話、出鱈目を聞いて俺は失笑した。あの無気力男が?まさかねぇ。誰が言い出したんだ?
……。
「チーア。あーんして♪ 」ミリア。なんのつもりだ。
ヤクザ者どものどまんなかで可憐な美少女が俺に甘いクッキーを差し出している。
「迷惑かけちゃったお礼?」いや、態度変わりすぎだろう。
蜜がたっぷり乗ったクッキーは最初は美味かったが流石に食傷気味だ。
「うーん? クリームって言うの、この間教えてもらったし試そうかな」赤い顔だが風邪か?
最初は凄い落ち込みようで、
しばらく営業停止していた彼女を見かねた俺は彼女の家にクッキーをたかりに行き。
「やっぱ、お前のクソ不味いクッキーがないと死ぬ」とねだってみた。
ベットから一歩も出ようとしない彼女にシチューを作ったり(素材は勝手に使った)、
無理やりたたき起こしたりしているうちにミリアは厭々クッキーを焼く程度には回復。
さまざまなやり取りの末元気を取り戻したミリアは満面の笑顔で俺の頬にキスした。
豹変もいいところだ。カンベンしてくれ。
……心配して連れ戻しに来た爺に
「私には私なりのやり方があります」と宣言したミリアは
宅配や露店をやりながら、更に商売の手を広げると張り切っている。
よくわからんが、その後もちょくちょく新作のアドバイスや手伝いに行ったせいで最近は手伝いに来いとうるさい。
エニッドは……未婚の妻となりアイアンハートの名を名乗っている。
切ない話だが、このままラフィア婆さんと暮らすらしい。いつか彼女の悲しみが癒えるのを願う。
『黒き針』の行方は知らないが、きっとくたばっているんだろう。
あんな子供の身体を毒漬けにして駒にしていた暗殺者ギルドは必ず潰すとマートはにこやかに話していた。
マートの追い込みが功を発揮して俺たちにまで及ばないらしい。
オルデールはこの国に必要不可欠な人らしい。ロー・アースもそう言っていた。
もし、オルデールが斃れれば冗談抜きで領民たちも含めて酷いことになっていたと。しかし納得いくものではない。
「納得はできないのは私も同じだが。それでもやらねばならん。人の身でな」とクソッタレの伯爵家の跡取りはほざいていたが少しだけ理解できた。
グィンハムに限らず、オルデールの背にはたくさんの亡者が取り付いている。
亡者たちが叫ぶ怨念がある限り、オルデールの足は止まることはない。許されない。彼自身も許せないのだろう。
彼なりの贖罪は、この国の人々を一人でも幸せにすることだと。それが聖なる義務なのだと。
「俺たち。なにをやっているんだろう」時々疑問になる。
「すてきな、すてきな冒険者様ですわ」
ミリアはそういってやわらかいものを俺の肩に当てて頬を俺の頬に擦り付ける。
その様子に沸き立つ『五竜亭』の荒くれたち。
……俺、女なんだけどなぁ……いまさらいえないけどどうしよう。
「あ~~~!! チーア??! 浮気??!! 浮気なの??! 」なんかやかましいぞ。
目の前に子供……いや、知り合いの下級神官の『アンジェ』がいる。
「おまえ、まだ小屋にいないとジェシカにとっつかまるぞ? 」
「関係ないっ?! いっつもどっかにいっちゃ食べ物食べて帰ってくると思ったらっ?! 妻を放って浮気してたのねっ??! 」
いつ、だれが。俺の女房になったって??!!!! アンジェ?!!!
……ミリアは含み笑いをすると更に俺の頭に抱きついて頬にキスした。
大声を上げるアンジェ。
……もう、好きにしやがれ。
俺は醜い争いを始める二人を背に甘ったるいクッキーを頬張りつつ、店を出た。
一人、森を歩く。強く強く吹く目にしみる風。……乾いた涙の後が冷たかった。
もし、郊外の森の奥に奇妙な形の冒険者の宿があったら。
もし、君が叶わぬ願いを胸に秘めているなら。
迷わず。俺たちを指名してほしい。……きっと願いは叶うから。
ただし、『余計なオマケ』は自己責任で!
(Fin)
……。
……。
(オマケ)
暗闇の中、『黒き針』は呻き声すら上げない。たとえ自分の耳をネズミがかじろうとしてもだ。
彼女の耳をかじり、絶命したネズミを眺める。
音がした。
自分を一瞬で納刀した状態から切り伏せた恐ろしい男がいる。
彼は拷問も行うのだろうか? 盗賊ギルドの手のものが担当するはずだが。
「行こうぜ」彼は微笑んだ。
たとえ師匠を殺した男だとしても。自らを倒した男だとしても。
「……何処へ」彼女は何も話さないし、話すこともない。
もっとも、歯のほとんどが折れているのでしゃべりにくいのも確かだが。
「あんたが死んだら困る奴がいる」「ギルド? 」
いーや。と男が笑う。
「光の中を歩いてみようぜ。きっと出会えるさ」
よくわからない。良くわからないが。
彼女は男の手を取った。
ひょっとしたら微笑んでいたかもしれない。
(Fin)
(次回予告)
トート先生は怪しげな石、「石鹸」をチーアに託した。
これを慈愛神殿に持っていき、生産の手伝いをしてもらいたいとのことだが……。
「どんな汚れも綺麗になるって……くっそ怪しいなぁ……。
あ、カレン。良いのを手にいれたんだ。やるぜ」
『バカヤロウッ! 取り返してこいっ! 』
チーアに対して皆が切れた。
次回。「篭の中の小鳥と路傍の花」
御期待ください。




