8 コロシテヤル
「……お帰りなさいっ! ファルちゃん! 動いて大丈夫なのっ??! 」ミリア??!
「……ロー・アースさん。お帰りなさい」綺麗な人だが誰だ。また他所で女ひっかけてきたか。
マートの酒場に不似合いな若い娘二人。いかつい盗賊ギルドの皆さんが客人に失礼ないよう丁寧に応対しているのがほほえましい。
「……エニッド。アレで良いのか? 」「……」
「おい。ロー・アース」いい加減にしろよ。あっちこっちで女引っ掛けてきやがって。
「……お前はなにをいってるんだ」無気力な物言いだがだまされんぞ。女の敵め。
エニッドといわれた女性は古びたドレスを身に着けた気品のある女性だった。
あと、微妙にワガママそうだ。あときつそうでもある。
(動きやすいよう裾を詰めてコルセットを取り去っているが元はドレスだったのだろう。刺繍とか残ってるし)
その隣にいるミリアは地味で庶民的な服装に見えるが、
動きやすい木綿の服(絹より高い)をワザと着古したような色合いに染めて、ついでに細やかな刺繍を施したワンピースとエプロン……って、コイツ実はとんでもない金持ち?????!
二人ともくだけたしゃべり方をするが、隠せない気品はどうみても盗賊の酒場にそぐわない。
「いやぁ! すげぇっすよ?! あの『黒き針』を一撃っすよ??! 」マジか。
盗賊ギルドの連中とおもったら何人かは『グローガン』とその手下だった。
「毒使いで命をなんとも思わん奴相手だから、今回は緊張しましたが」手下の一人が胸をなでおろす。
「負けたら頼むって言われましたが、奴はファルコさんに手傷を負わされていましたし」
「いや、もう、ローさんが負けたら俺らごとグローガンさんに斬ってもらうつもりでしたよっ! 」
いつから『ローさん』になった? はったおすぞ。
「俺がお前らにそんなことするわけねぇし、ロー・アースが負けるわけねぇだろ……」
おまえら、どれだけ覚悟決めてたの??!
「いや、チンピラにだって美学はあります。俺らから見ても毒使いは糞です。
『殺す』って言ったって足から上は狙いませんし、治るように刺すのが基本ですよ。
たまに勢い余って腕切り落としたりもしますけど」おい。こら。そこになおれ。
「知らせてくれてありがとうねっ! 」かわいい声がするが。
……俺はだまされんぞ。マートよ。お前が盗賊ギルドの幹部だって事、俺は知っちゃったんだし。
「搬送のほうがやばかったっすよね……」
「血も汗も猛毒なのは知ってましたが奴の息を吸っただけで倒れるとか……身震いしますよ」
「アレじゃ抱けないな……。いい身体なのにもったいねぇ」盗賊たちがチャチャを入れる。
そんな危険な奴、店員で使うな。夏場はどうしてたんだろう?
「……グローガン。俺らが出るまでもなかったな」
「ははっ?上納金はまけとけよ? 」
楽しそうな『グローガン』。
なんでもギルドの連中より先に『黒き針』を捕まえたので報酬がもらえるそうだ。
「チーアさんの馬のおかげっすよ?!」シンバットが導いてくれたらしい。
てか、勝手に人の名前呼ぶなっ? あと、なんだその「チーアさん」って??! 舐めんなっ?!
「危ない橋渡りましたけど、その分酒が美味いっす! ……マートちゃん。こっちおいでぇ? 」
嫌々して逃げるマート。グローガンの手下よ。ソイツに手を出すとお前ヤバイ。
「……」「エニッド。どうするの?」
ミリアにエニッドと呼ばれた女性は唇をかみ締めていた。
「あんな……あんな幼い……女の子に……誰がグィンハムを殺させたの? 」
『エニッド』は小さな声でつぶやいた。
「私……本当のことを知りたくて……ううん。本当のことなんて知りたくなくて……。
グィンハムが私のワガママに耐えかねて駆け落ちしたって言うなら……生きていてくれたのなら……」
嗚咽を漏らしだすエニッドに盗賊たちやグローガン一味、俺たちは何もかけてやる言葉を持たなかった。
「『駆け落ちした恋人探し』の依頼を受けたんだ」ロー・アースは小声で俺に告げる。
理解した。この人が婆さんの息子さんの婚約者か。
で、なんでミリアと一緒にいたの?
「エニッドは私の従姉妹で、友達です」ほう。
「名前ばかりの没落貴族ですけどね」自嘲気味に彼女は嘆く。
なんでも、本家がエニッドの一族らしいが、没落したらしい。
……ん? ちょっとまった。
『黒き針』と戦ったときの支援魔法はこの二人と言う。
……というか、魔導使えるってことはっ?!!
「……一応、私も『貴族』の血を引いていますので」普段は封印しているらしいが。
こ、この娘が、魔導士だとっ?! 『貴族』だとっ??!!
「でもエニッドほどではありません。所詮分家ですから」
あのタイミングで参戦できたのも貴族の力ではなく、シンバットに導かれてらしい。
「話は変わるが、『黒き針』は? 」
「暗殺者ギルドを一掃する駒になりそうだが……使いにくいな」盗賊の一人が両手をあげる。
なんでも一言もしゃべらないらしい。
エニッドは『黒き針』を追ってロー・アースと行動を共にしていたが。
「あんな幼い子を……暗殺者にするなんて」エニッドは震えている。
ロー・アースに一太刀で倒された『黒き針』は少女だった。
エニッドは仇を追い求め……止めを刺せなかったそうだ。
「後は私に任せて頂戴」ん?この声。
「エニッド。辛い目に会わせてごめんね」「お義母さま……」抱き合う老婆とエニッド。
「グィンハムは……お前を置いてどっかの女と逃げる子じゃないわ……」「ええ……」
……席を外したほうがいいかも?俺はロー・アースとファルコの裾を引っ張った。
「グィンハムさんのお母さん。『黒き針』に逢いたい? 」子供の声。
「もちろん」老婆は穏やかに微笑んだ。
……闇司祭に癒されたと思しき『黒き針』は美しい少女だった。
全身を鎖で縛られ、手足の腱を切られて横たわる少女は眠っているかのようだ。
「こんな……子供が??! 」「……『奴』の後継者だ」ロー・アースは吐き捨てるように言い放つ。
そういえば今回、コイツは妙にまじめというか、いつもの無気力や無関心や無責任はどうしたの?っていうか。
「こんな 小娘 か」婆さんは震える声を出す。
「あたしの こ ころしたのは お前か」杖を振り上げて少女を指す。
『黒き針』は視線だけを婆さんに向けた。だが何も答えない。
「殺してやる 殺してやる 殺してやる……。
体中を鞭打って 手足を指から切り刻んで犬に食わせてやるよ
性器から焼けた金具を突っ込んで内臓をゆっくり抉り出して殺してやるよ」
殴打の音が響く。
俺たちは止めなかった。いや、止めれるわけがなかった。
殴打の音が鈍くなっていき、砕くような音が水を叩くような音になり、
そして婆さんは血まみれの床に伏して嗚咽を漏らした。




