7 『破壊の女神』の使途
「このような夜中に何の御用でしょうか」「急患だ。今すぐ頼む」
解毒剤を事前に飲んでいなければファルコの命はすでになかっただろう。
白いローブを身にまとった長身細身の人物は即座に癒しの光をファルコに注いだ。
……綺麗な神殿風の部屋に俺たちはいる。
廃屋と思われた小屋に飛び込んだロー・アースは地面の床を激しく叩き、
隠し通路を出したかと思うとファルコを背負って俺の手を引き、この部屋まで導いた。
「……チーア? 」
白いローブの人物が俺の名前を呼んだ気がしたが。
女??! どこかで聞いたことのあるようなやさしい声。
「いつも済まない」
そういってファルコを寝台に寝かせるロー・アース。
寝台というか、位置的に生贄の祭壇にしかみえないが。
「……ふふふ。貴方は命の恩人ですから」女は目深にかぶったフードの奥で笑ったようだ。
「ロー・アースさま。申し訳ありませんがそちらの薬草と麻薬を。……もう少し必要です」
「チーア!!! もたもたしていないで湯を沸かしなさいっ!!! 」「は! はいっ!!?? 」
だ、だれだよ?? 邪神の使途に知り合いはいないぞっ??!!
湯を沸かしている間に二人の会話が聞こえる。
「……酷いですね。腕は使い物になりません。腹に致命傷、呪毒と魔毒つきですか」
「お前以外無理だな」「波打ち刃のナイフ……縫合は難しいですよ? 」
「パッチがある」パッチというのは裏面が粘着する布? みたいな謎素材で傷口を塞げるものだ。
「助かります。ロー・アースさま。傷口をそちらのお酒で軽く洗って……。
もう少し押さえてくださいませ。パッチを。そう……上から縫合します……」
「チーア!! そこにヒールポーションと毒消し、痛み止めの麻薬、
血液凝固の猛毒があります! なにをボーっとしているのですか??! 全部持ってきなさいっ! 」
ひぃぃ???!!!
「お湯も持ってきなさいと伝えた筈ですっ!!! 遅いっ??! 」
な、な、どうなってるの??!!
「私が癒しの力を注ぎますっ!! 縫合はあなたがやりなさいっ!!!
……遅いっ! へたくそっ!! 落ち着いて急いでやりなさいっ!! 」
な、な、なにがどうなって???!!!
と、いうか、この怒声どっかで聞いたことあるぞ??!!
……。
戦場のような忙しさ……だった……。
ファルコは……穏やかな寝息を立てている。
俺は神殿(?)の床に仰向けになってゼェゼェと荒い息を吐く。
吹き掃除の行き届いた冷たい床が心地よい。
俺の瞳に神秘的な微笑みをたたえた細身の美女をかたどった神像が映る。
エルフと違って耳は尖ってないがエルフ並みに細身で、それでいて美しい。
『破壊の女神』。
『慈愛の女神』の対極にある邪神。
すべてを破壊し、殺すことのみを教えとするため、神像や神殿があることはとても珍しい。
「あ……ありがとうございました」
やっとしゃべれるようになった俺は『彼女』に礼を述べた。
薄暗いし、フードつきのローブを目深にかぶっているので表情はわからないが、彼女が笑ったような気がした。
「チーアがいてよかった……さすがトーイの『兄妹』だぜ」「未熟です。兄上さまを見習うべきです」
二人は親しげに話し合っている。
「……なんで、邪神の使途とローは知り合いなんだよ」というか、二人とも兄貴と知り合い?
二人の視線が俺に集まったのを感じた。あ。余計な事を聞いた。
「……コイツは悪人じゃないからなぁ」「……『悪』だと思いますが?」
「でもファルコを助けてくれた」「あなたの願いですから」
……ラブラブなのはわかりました。もういいです。俺はそのまま床に寝転がった。
別にふてくさてるわけじゃないからなっ?!
「……ああ。簡単に言うと、正規の神殿の施療所を使うと傷の状態とか時間とかいちいち報告されるからだ」
つまり、非合法な仕事も少なからず請けることの多い傭兵や盗賊は一人は腕のいい闇司祭とコネがあるという話だ。
「あと、コイツは確かに『破壊の女神』の使途だが、施療所を持たない『闇司祭』は五大神の使途にも少なからずいるもんだぜ? 」
まぁ、冒険者になっている『使途』も傷病などの報告書届出義務を果たさないのである意味『闇司祭』ではあるが……よりにもよって何で『破壊の女神』??!
確かに癒しの力は『慈愛の女神』と同等と呼ばれるが、
『破壊の女神』のそれは周囲に死そのものや傷、呪いや毒や病を振りまく形で発動する。
俺が不思議そうな顔をしているのでロー・アースは楽しそうだ。
「破壊の女神の使途の中でも異端といえる考えだが、破壊の女神は慈愛の女神との双子らしい」
真偽はおいておいて、それならば納得かも?
『暗黒神』として名高い六大神の一柱たる神も本来は『自由神』だし、俺たち冒険者や旅人の守護者とも言われている。
「傷を治せば傷が消えたといえるし、病を治せば病を根絶したと言えるし、毒を消せば解毒消毒だろ? 」
……なるほど。
『彼女』が非合法の施療所をやっている理由が理解できた。破壊と再生を同一視か。
「で、双子神とする信仰があると」初耳だが。
「ロー・アースさま。双子ではありません。我が神こそが正しい創造神なのです」
慈愛神殿の女どもが聞いたらさすがに反論しだしそうだが、俺教義なんてシラネェしなぁ。
……なんでも本来創造神は世界に一柱しかいないはずが何故かこの世界はニ柱生まれたのが不幸の始まりで神々が合い争う前はものすごく仲の良い二人だったそうだ。朝飯の取り合いがこじれたのか?
「……あなたは普段どのような生活をしているのですか……」ち、ちがうんですか?!
「慈愛の女神は『未完成』すら許容しようとしたため、世界の完成を目指す破壊の女神の怒りを買ったって教えなんだそうだ」
「妹さんの『破壊の女神』は潔癖症でゴキブリを見たら襲い掛かるような子で、
姉ちゃん(慈愛の女神)はそのやり取りをニコニコして見ているような感じ? 」
「……だいたいそんなもんじゃないか? 」「……」女は何か言いたげだったが黙っている。
「……あんた、以前、どっかで会ったことね? 」
つか、兄貴と仲よさそうだがどういう知り合い?
「それは」女がなにか言おうとしたとき。「……ちいや? ろう? 」……!!!
「ファルコッ!! ごめんっ! 俺っ!! 」
「ぐるしい。はなぢて」「なにっ? 鼻血が出ただとっ? 」
まってろっ??! 鼻血くらいならすぐっ?!
ポンポンと俺の肩が叩かれた。
「……ちょっと落ち着け。離してって言ってるだろう……」「本当に。兄上さまと違ってせっかちですね」
二人に呆れられる。
「あれ? ろう、負けちゃったの? 」ファルコが寂しそうに言う。??
「いんや。ボッコボコにして生け捕った。あんなのニセモノさ」「お~! 」
はい???
はい????????
はいっぃぃぃぃっ????????!!!!!
へ?! ア、アレ、倒したのっ??!!
「じゃ、生きてるの? ぼく?! 」
ああっ! もちろん! 俺は再度ファルコを抱きしめた。
「ひぬ。ひぬ、ひんじゃ」
ちょっとくらい我慢しろっ??!! ははははっ??!!
……。
「……えっと、ありがとう。綺麗なお姉さん」「ふふふ。かわいい子」
台座の上で正座してぺこりと頭を下げたファルコ。何故正座。微妙に土下座してないのも理解不能。
「……では、俺は行きます」「……気をつけて」闇司祭はロー・アースの手を後ろから握る。
「ファルコ。もう少し休んでいて良いぞ? 」「ううん。だいじょぶ。ちいや、いこ」ファルコがおいでおいでする。
「あ、あの、恩にきります。その……」
「邪神の使途に助けられて心境複雑? 」この女、微妙に鋭い。
「い、いや、治療の仕方とか、凄く勉強になりました。あと、必ずしも闇司祭が人に危害を加えると限らないのも」
そういって頭を下げる俺。感謝してもしきれない。
「……」ん???
「まぁ、人間の町に暮らしているのに片っ端から生贄集めたり、毒撒こうとかはせんわなぁ」
何故かもじもじしだした女にロー・アースがチャチャを入れるが。
……まさか、まさか? 前科あり??!!
「夜中に悪かったな」
「私は睡眠を必要としない身体ですから……その、いつでも……」
カチン。
「……はいはい! ラブラブなのは判りましたっ!?? 行きますよ??!! 」なんかむかつくし。
闇の通路を抜けて歩くと、別の出口に出た。
「あれ? また別の出口が??! 」
「衛視に見つかったらその場で斬首だからな。奴は」
……なにをやらかしたのか気になります。
「……あれ? 今歩いてきた道さ……」
「ん? 」「なぁにぃ? 」
いや、あの神殿……俺の方向感覚が狂ってなければ……。まさかなぁ。
「いや、なんでもない」さすがに俺も疲れているんだろう。ありえんし。
俺たちはマートの元に向かった。報告に行かないと。




