5 馬にはニンジンより砂糖
「……おいっ! 」路地裏から次々と飛び出す影。
俺はあわててシンバットを止める。「うるさいぞ。お前ら」
「馬泥棒もやってるのかよ?」先ほども会ったがいつぞやのチンピラどもだ。
クソッたれ。『まぼろしのもり』め。永遠に閉じ込めておけよ。ウザいし。
「……まったく。冗談の区別はしろよ」
禿頭の筋肉達磨が一歩前に出てきて肩をすくめて見せる。
冗談? 冗談だと??! テメェがアキを襲っていたから俺は借金生活なんだぞっ?!
おちつけ。俺。ファルコのほうが先だ。
「……冗談じゃねぇ。人命かかってるもん」
……厳密に言えばグラスランナー命? なんか変態みたいだ。
「で。ミリオンの息子は見つかったのかよ? 」……なんで知ってるんだ。
「お前等に借り作る気ねぇ」方向転換。
「まてっ! まてって! 流石に暗殺者どもに喧嘩売るのは無理だっ! 」知るか。
「……ファルコめ。あっちこっちで喋り捲ってるな」「ああ。ヤバイぜ」
「すんません。俺等も止めたんですが」
「「なんでテメェが謝るんだ」」俺とハゲがハモる。しまった。
「いや~。俺、可愛い男の子のほうが好きでして! 」
「「死ね」」
二度もハモッてしまった。くそっ。
「俺等も探すぜ」「いらね」
ハゲの申し出を即答で断った俺に手下の一人が呆れて一言。
「アンタさ。仲間大事だろ。そういうことだ」そういって眼帯の残りの片目でウインク(?)。
「バッ! バッカ野郎ッ! こいつらに死なれたらあの掃除の恨みを返せねぇだろうがっ! 」
元を正せば、テメェらが一番悪いんだけどな? あん?
てか。……こいつら、何なの? ……まぁいっか。
「わりぃ。『お願いします』」
ファルコじゃないが素直に頭を下げてみる。
あっけに取られるハゲの筋肉達磨どもだが、即座に「任せなっ! 」と声が返ってきた。
「ちょっとドキドキしましたよっ? 良いスネッ! 」
おい? どういう意味だ?!
「「死ね」」
三度ハモッた。欝だ。
「あとな。俺はグローガンだ。この界隈では覚えておけ」
「シラネ。チンピラの名前なんか」
そう吐き捨てると、『グローガン』とその仲間たちは肩をすくめた。
「気の強い餓鬼だな。二十人もの男に喧嘩うったり」
うっせ。別にやりたくてやったわけではないし。アキがあんなんだと知ってたら助けねぇよ。
……助けたかも。うーん。
「そーいえば、ロー・アースを見なかったか? 」
すっかり忘れてたがはぐれたままだった。
「ロー・アース? 」
ああ。名前なんか知ってるわけねぇか。
「ほら、俺たちを助けた二人のうちの、青い服着たほうだが。『館』のときは革鎧着てただろ? 」
「あああっ?! あいつかっ!! 」「あいつだと判ってたら一発殴っておいたのにっ!?」
悔しがる連中にため息をついた。なんで俺の顔だけ覚えてるの? こいつ等。
「ああ」
『グローガン』は意味ありげに笑うと「美人さんとデートしてたみたいだが?」と答えた。
なぬっ?
あんにゃろ、サボってやがったか!!! あとで会ったらとっちめてやるっ!
俺はシンバットを走らせる。だいぶ暗くなってきたが俺は夜目が効くので問題ない。
「シンバット。トート先生の所に戻ろう」「……」
今、馬のはずなのに嫌々しなかったか? コイツ?
シンバットを走らせながら妙な気分になりつつ先を急ぐ。
どこかで何かが破裂するでかい音がした気がする。同時にシンバットが立ち止まる。
「どうした? 」ブルル……。シンバットがなんか呻いてるが俺はファルコじゃないしなぁ。
仕方ない。そのままシンバットの背から飛び降り、走り出そうとするとシンバットが俺のマントを銜えた。
「……おい。こんなところでじゃれんな」「……」
「離せ。シンバット」「……」
……! 血の匂い!!
「離せっ!ファルコがやばいっ! 」逆に強く引くシンバット。
「やめろって! 」くそっ?! マントを脱ぎ、路地に走る。すまんシンバット。馬泥棒とかには捕まるなよ?!
俺が本気で走れば人間で追いつける奴はまずいない。
そりゃ馬やファルコなら別だが、前者は路地を走れないし。
「!」
すばやくターンして更に狭い路地に逃げる。
い、いまシンバットに回り道されたぞっ?!!
つか、回り道する道なんかあったか?この辺??!
「『困惑』! 」
正常な判断力を一瞬奪う魔法を使う。……まさかもう一人(?)の相棒に使うとは。
……悪戯者の精神の精霊はシンバットに近づくこともできずに精霊の世界に消え去った。
嘘やっ?!!
獣の類は魔獣でもない限り魔法はほぼまったく防げないはずだぞっ??!!
戦闘訓練を受けていない馬は人間を積極的に攻撃しないはずだが(暴れ馬ってたって馬は馬だ)。
シンバットは俺の頭(多分髪の毛)を噛もうとする。意地でも止める気らしい。
「やめっ?! やめっ?! 髪は女の命なんだぞっ?!! 」
普段伸ばし放題、伸びたら適当につかんではナイフで切り取って寝癖のままにしてるけどな。ってそういう問題じゃない!
「ええいっ?! すまね??! 」
ファルコじゃないが、運動神経はいいほうだ(ファルコが良すぎるのだ)。
一瞬の隙をついてシンバットの頭を抑えて飛び上がり、背に飛び乗り、そのまま背から飛ぶ。
失敗したら大怪我するが、まぁ失敗しなかったし。
「ごめんよっ??! あとで砂糖やるからっ???!! 」
馬にニンジンというのは迷信である。本当は甘いものが好きだ。子供と同じである。
なんとかシンバットを振りきり戦場へと向かう。待ってろファルコッ?!




