4 マート
「おいっ!!! 」
さっきの酒場に逆戻り。
「マスター出せっ!! 」「ひぃぃぃっ! 先ほどは失礼しましたっ!! 」
どうも『便所を借りてもいいか』は幹部を呼び出す秘密の合言葉だったらしく、彼らは萎縮している。
「……いるけど~? 」
可愛らしい声だが騙されてはいけない。幼児といって良いこの小さな子供が本当の店主だからだ。
先ほど通された先は盗賊ギルドの戦闘訓練所、そして宝物鑑定係の責任者の執務室だった。
その主の名前が。
「マート!! お前、この店に以前勤めていた女の事知ってるか??? 」「どんな? 」
「とぼけんなっ! ファルコが聞いてまわってるのは知ってるんだよっ! 」
「聞かなかったじゃん……」マートはとぼけた事を抜かすが、丁寧に教えてくれた。
容姿、以前の働きっぷり、評判。グィンハムとの繋がりなどなど。
「……年齢はチーアと同じくらい。当時12から13歳ほど?」若いを超えて幼いがないって話ではない。
「盗賊か?! 」「そのものズバリな事聞くねぇ……」急いでるんだから早くしてくれ。
「あの動きや目配り耳配りは暗殺者だろうね」よし。繋がった。
『グィンハムと駆け落ちした娘』のことはエイドさんは一言も言わなかった。つまり気がついて欲しくなかったんだろう。
「ギルドに殺されたのか? 」「……違うよ。そうだとしても違うと言うけど君には意味なさそうだし」
そもそも彼が就任してから暗殺者はギルド内からほぼ一掃されているらしい。
「13歳くらいの娘と駆け落ちは無いだろ」無いってわけではないが。
「17くらいに見えるように化粧はしてたけどねぇ。
……ああ。身体は詰め物の必要がないくらい早熟だったからセクハラされてたけど」
俺の身長じろじろ見るなっ!! まだ伸びるっ!
「まぁ半妖精は成熟遅いからまだまだ背は伸びるし安心しなよ。
ぼくらみたいにずっと幼児よりはいいでしょ? 」
ま、まぁそうだけど。30過ぎても背が伸びるとか言われると逆に安心できなくなってきた。伸びすぎもちょっと困る。
「つまり、ぶっ倒していいってことかい??? 」「意味不明。急に話もどさないでほしいな」
「まぁ。昔の従業員が死ぬのは可哀想だけど、その分あの子も殺してるだろうしね」「……」
俺と同い年でどれだけ殺しているんだ??? 薄ら寒くなる。
「うん?ぼくらが把握しているだけでね。ぼくの両手の指に足の指足したくらい? 」
俺の心を読んだようにマートが補足する。……20人だと??!
「戦うならご自由に。ただ、僕らは助けないよ? 」
「つまり、ぶったおしても少なくとも盗賊ギルドまでは敵に回さないって事だな?! 」「……うん。そーなる」
俺はマートに頭を下げて店を後にしようとしたが。
「あ。サービスしておくよ。ミリオンの知り合いっぽいし。
レッドは可愛い部下だしね……少なくとも『君ら以外』の命は保障できると思うよ? 」
ありがたい話だ。さすが人情派と慕われるだけある。
彼に頭をさげ、酒場を出ようとする俺にぼそっとマートはとんでもないことを告げた。
「レッドの手足は捥いでおくけど」「それは困るっ??!!それなら俺の手脚にしやがれっ!! 」
失言したのは俺だし。と大慌てで取って返し、彼の小さな身体に抱きついて抗議する俺にマートは何故か笑い出した。
「……あはは。ぼく等にとって手足は大事な商売道具さ。たとえ裏切り者でも手足は残すよ……なるほどなるほど」
楽しそうなマート。な、なんだよ。冗談かよ?
「……ふふふ。いいコだね」
こ、怖い。幼児みたいな見た目だがこんな怖い奴はそうそう見れない。
「でも君の手足なんか要らないし、レッドの手足がなくなるのも困るし……そうだね」
「『可能なら』生け捕りにしてくれると助かるよ」
……それってなんて無理ゲー!!!???
「……無理だったら俺の手足に」「やだ」
俺が泣きそうな顔をしているのを見て「本当にいいコだねぇ」と楽しそうなマート。
「まぁ悪いようにはしないさ」ホントだなっ? 本当にレッドの手取ったりしねぇよな?!
「……ぷぷぷ……自分の命よりいままで関わっただけの他人の命。
自分の手足よりいつ路地裏で死ぬか解らない盗賊一人の手足ねぇ……」
マートは楽しそうに笑うと俺を追い出しにかかる。
「がんばってね~! 」
楽しそうに手を振るマートを背に俺は憂鬱な気分で愛馬に跨った。




