1 レンバスもどきと黒き針
「な、なんだって!! 」
主人のエイドさんが絶句している。どうみても熊か食人鬼だが人類らしい。
「ファルちゃんがあの依頼を受けたって??! 」女将のアーリィさんが真っ青になっている。
まぁあいつはお人よしだからな。人のこと言えないが。
「チーア!!! それは不味いわっ! 」
ウェイトレスのアキ……お前はさっきサボってただろ。
いちいち顔を青ざめさせて「よりによってファルちゃんが」とか、
「あの子に何かあったら」とか三人で深刻な話題してるけど。
「ロー・アースをつれて来い」……嫌な名前が。
一応俺らのリーダーってことになっている奴だ。
「……息子さんは死んでいる」
なにっ???!!!
……。
「……済みません。ファルコの奴が先走ったようで」
ロー・アースは普段やる気のない無礼な態度を取るが、
俺と違って別段礼法ができないわけではない。
「……今すぐ連れ戻してくれ」
エイドさんは肩を落とす。
「俺の調べた限りだが」
エイドさんが語る。軽く調べると息子の行方は簡単にわかった。
行方不明になった日、友人と酒を飲みに行き、近くの川沿いを歩いていたのが最後の目撃らしい。
「貴族の権力争いだ。手を下したのは暗殺者ギルドの殺し屋。
『黒き針』……相手の貴族の家も判っているが依頼者の家では手も足も出せん」
『黒き針』の名前を聞いたロー・アースが軽くビクッ!となったのを見た。
「奴は死んだ」
そういって黙った。
「ぶらっくにーどる? って? 」
正直、裏の世界の有名人の名前なんて知りたくもないが。
「……毒使いとして名高い殺人鬼だ。『職人の都』に毒を撒こうとして死んだ」ふーん。
ロー・アースの話をエイドさんが補足してくれる。
「100年以上その名を知られているから代替わりしている可能性は否定できんが、
最後の記録としては数年前に『職人の都』に毒を撒いて都の人々を皆殺しにしようとし、
乱入してきた傭兵の子供に油断した結果、彼に討たれたそうだ」
なんという恥さらしな末路。子供に負けるとか。
「正面から戦うのは暗殺者は苦手だし、そもそもそんな状況を作らない」とエイドさんにいわれた。
つまり、アレか。ファルコの奴は大貴族と暗殺者ギルドの両方に喧嘩を売ったようなものなのか。
「……はぁ」「だから駆け落ちしたってことにしてたのに」まぁファルコだし……なぁ。
とにもかくにも、さっさと連れ戻さないと俺たちまで巻き添えを食って消されかねない。
そんな危険な依頼の張り紙を貼っておくのはどうかと思うぞ。
「だから、微妙に貼る場所が違うのよ。伊達に手数料取ってるわけではないのよ? 」
アキが言うには『犯罪に加担しかねない依頼』や『首を突っ込むと危険な依頼』はそれと判るようにしているらしい。
「紹介手数料を取られているのに冒険者を紹介しないって向こうがキレてきたらどうするんだよ? 」
「ああ」エイドさんは苦笑い。
「紹介手数料は『紹介』してから徴収するようにしてる」……。
――― つまり、『紹介するに至らない依頼が数多くある』ということは ―――
「……やっぱりぼってたかっ! やっぱりぼってたかっ!!!
一割もふんだくるから怪しいと思ってたらっ!! 」
「おちつけっ!!! チーア!! 今はファルコの方が先だっ!! 」
「ちょっ!!! おちついてよっ! チーア!! 」「落ち着きなさいっ! チーア! 」
大騒ぎする俺だったが、確かにファルコのほうが先だ。俺は悪態をつきながら『五竜亭』を後にした。
「……普通の店でも前払い金と成功報酬総計の一割が基本なんだぞ?
むしろ紹介できる冒険者がいなくても一割取る店も珍しくないんだぞ? 」
ロー・アースがエイドさん(最近素直に親父さんとかエイドさんとか言えるようになってきた)の弁護をやっているが知るか。俺の報酬返せ。
「……ファルコが心配じゃないのか」
ふぁぁとロー・アースは欠伸。お前も人のこと言えない。
「まぁ。ファルコだし」「だなぁ」
「チーア。ミリアの露店があるが、食うか? 」「奢ってくれるなら食うぜ」
なんの露店だかしらんが。
「あっ! ロー・アースさん?! さっきファルちゃんと会いましたよっ! 」
そばかすが少々目立つ素朴な美少女。この年齢で露天商? 商業証は国王から直接発行のはずなんだが。
「ああ。ちょっと野暮用でね。ファルコを探しているのさ。あと、またレーションの予備を頼みたい」はいっ?
「あのゲロまずいレンバスモドキを作ってるバカはテメェかっ??!! 」
食い物の恨みは恐ろしい。ロー・アースの食事当番時に当たり前のように出てくる、
エルフのレンバスを模したバサバサのゲロ不味いクッキーだかビスケットだか知らない物体。
あれをコイツが作ってるだとぉっ???!! 死ねっ?!
……。
荒れる俺と不機嫌になるミリア。
「俺に免じて許してくれ。ミリア」頭を下げるロー・アースに。
「……ロー・アースさんの言うことなら」「……(謝るなよ。俺のことで)」
渋々矛を収める俺たち。
「ミリア。ファルコのことだが」「川のほうに行きましたよ?」「ありがとう」
「アイアンハート家の跡取り息子さんを探しているっていってましたが?」あっちこっちでペラペラとっ?!
「……まぁファルだから気にしないでくれ」「はい」
「でも」ミリアは呟いた。
「グィンハムさんは本当に駆け落ちされたのかしら」……知らないほうがいい。
ミリアと別れた俺たちは川のほうに足を進める。
「む。このクッキーはなかなかいけるな」ロー・アースが誉めるだけあって本当に美味しい。
「干しぶどうがたまらんな」クソ。こんな美味いクッキーが焼けるならあのゲロ不味いレーションをなんとかしろ。
「ワイン漬け……」「??? 」
じろじろと俺を眺めるロー・アース。?????
「……暴れるなよ?」俺は酒乱か。
「こんなんで酔っ払う奴いねぇよ」「……そうか」
のんきにテクテク俺たちは歩きながら『車輪の王都』の真ん中を流れる川に向かう。
息子さんが消えた現場に程よく近い。
……。
……。
げっぷ。
「ファルコ~! 帰るわよ~! 」あたしは叫ぶ。
「ファルコ~! 干しぶどうの入ったクッキーがあるぞ~! 」
「ファル! さっさと出てこないとお尻ペンペンするわよ! 」
ふふ。冷静に考えたらファルコはあたし達の子供じゃないんだけど。どうみても子供を捜す若夫婦ね。
あたしが子持ちになるのはちと若すぎるとしても。
「……」
ロー・アースは川縁をスタスタ歩き出すと、停泊していた小さな小舟のムシロをどける。
「ふぁる?! 」
手遅れを危惧して思わず命の精霊を見るあたし。まさかもう殺られてしまったの?
「むにゅ~。もうたべられないの」
はぁ……。良かったわ。寝てるだけじゃない……。
「帰るか」「うん」
ロー・アースはファルコを背負う。「む~」と愚図るファルコ。
「さぁ。パパ。帰りましょう?」
あたしはなぜか愉快になって彼の手を握る。
ロー・アースの首がぎこちなくこっちに動く「……」うふふ。
「今夜はシチューにしましょうか。サウナでも沸かしましょうか。それとも私……わた……」
うひゃひゃひゃっ!!!!あはははっ!
ケタケタと笑い出したあたしの上から、「俺、まだ18なんだが」と言う声が聴こえた。
……はい?
な、なんだって~~~~~~~~~~~!!!?????




