5 優しいモノ
「ぱおーーーーーーーーーん!!!!!!!!」
大きな動物の鳴声に飛び起きた。
確かアレって象って言う生き物の声だな。うん。
素早くパンダナを引っつかんで髪に巻く。
グルル……。
―――!!!―――
危険を察知して前に倒れる。
頭の上を何かが薙いだ。
そいつが間髪入れずに襲い掛かってくるのがわかるが逃げ切れそうに無い。
「眠りの雲よ」一瞬意識が飛ぶが何とか耐える。
「ふああぁぁ……。あぶね。永遠に寝てる所だったな」
やる気の無い声。一瞬意識が飛んだのはロー・アースの魔法だったらしい。
「……こいつは、トラって言う獣だったっけ?」強力な肉食獣らしい。
普段は檻に入れ、交代制で閂の看視をし、厳重な管理をしているはずだ。
ここは、礼の一つくらいっても構わないだろう。
「……えっ〜っと。そのなんだ。……有難う」ちょっと顔が赤くなる。
…と、思ったらいねぇじゃねぇか!!!
(この時点で胸元に違和感を感じ、
サラシを巻いていないのに気がついたが、直すような手間はなさそうだと思った)
俺はシャツの上にいつもの黒服を羽織り、手元の竪琴を手に駆け出した。既に騒ぎは大きくなっている。
遠くでテントが吹っ飛ぶ。俺はその中心に走る。
こう見えても脚には自信がある。ファルコ以外の奴に負けることはまず無い。
…って。熊じゃねぇか!それも灰色熊!!!!
「誰だ!猛獣の檻を空けた馬鹿は!!!!」俺も言いたい。
しかも相当興奮している。きわめて危険だ。
「悪戯物の心の精霊よ!」困惑の呪文をかける。
一瞬だけ戸惑わせて動きを止めるくだらない呪文だが一瞬あれば十分だ。
「檻に帰れ!」こいつの素はかなり素直な奴だったはずだ。
予想通り、戸惑った熊はひょこひょこと檻に走る。図体の割に脚が早い。
熊が檻に入ったのを確認すると俺は即座に閂を閉めた。
熊の視線を感じ、シャツの胸元が大きく開いていて寒いことに気がついて服を直す。
「大人しくしてろよ」俺は言うと「グル!」と返事が返ってきた。
……まさか俺の言葉がわかるわけではあるまいが素直な奴だ。
「みんな落ち着いて!」動物使いのシャルロッテの声が聞こえる。
キリン(という首の長い大型生物)は爺様がたが何とか取り押さえた。
馬だのライオンはシャルロッテが抑えたようだ。
「ぐにゅ」違和感を感じ足元を見るとロー・アースが倒れている。
眠りの魔法の使いすぎでぶっ倒れたのだろう。
「慈愛の女神よ。我が魂の力、この者に分け与えたまえ」
軽い疲労を感じ、一瞬ガクッっと来たが持ちこたえる。
「なんだよこの騒ぎ。交代で見張ってたはずなのに」
俺が愚痴ると「完璧ってものはないもんさ……」とやる気の無い声。
魔法の使いすぎは分かるが寝るな!何とかしろ!
「ロー・アース!!!おきろ!!!」俺が揺り起こそうとすると、
「エフィー……あと5分……」と返って来た。寝ぼけんな!
いきなり奴の目が開くと胸に衝撃。
地面に投げ出された俺はあまりの痛さにのたうってうめいた。
胸を思いっきり突き飛ばされたようだ。
地面が激しく揺れている。地震か???!!!
「 ぱ お ー ん ! ! ! ! ! 」
どん!ぶん!どん!なんとか目を開いた俺は異様な光景を目にした。
大きな蛇腹のような器官(あれで鼻だそうだが)を自在に振り回し、
大きな足を使って執拗にロー・アースを狙う象。
武器を持たないロー・アースは防戦一方になっている。
「…戦象か」
なんじゃそりゃ???俺は胸を押さえつつ彼の援護に向かう。
「戦争用に訓練された象だ」なんでサーカスの動物が!??
あんな馬鹿でかい化け物に勝てる気がしない。動きを止めねば。
俺は悪戯者の精神の精霊の困惑の魔法をかけた……が。
「まずい!」失敗したらしい。ますます興奮したようだ。
ロー・アースはなんとか攻撃をよけているが、
彼の防御の魔法と体術にも限界がある。
「さすがに、不味いな」
すばやく転がり、何処から取り出したのかロー・アースは二本の剣を手に取る。
「おねがい!パオを殺さないで!!!」シャルロッテの声。
そんなことを言ってもかなり無理がある!!!!
シャルロッテが駆けてくる。危ない!
「近寄るな!シャルロッテ!!!」「いい子なの!!殺さないで!」
ここで俺は手に抱えた竪琴に気がついた。
ロー・アースに吹き飛ばされ、地面を転がったときも
壊れないようにしっかり抱いていたらしい。
状況的に音楽なんてモンは無縁なのだが。これは別のことで使えるのだ。
……竪琴を爪弾き、音楽を奏でる。心を込めて歌にする。
「魂の旋律心に刻み 湧き上がる律動を胸に
思いのままに腕を取れ 喜びのリズム捕らえるために♪
踊れよ 踊れよ 楽しく 踊れよ踊れよいつまでも♪」
古来から伝わる踊りの呪い歌だ。勿論動物にも通じる。
「や〜〜〜〜!!め〜〜〜ん〜〜〜か〜〜〜!!!」
ロー・アースが踊っている。シャルロッテもその場で踊っている。
爺さん方も踊っている。象も……踊っている。
呪い歌は聴くもの全てに効果がある。
戦闘は収拾したが、踊る象を何とかしないといけない。
……あ、またテントつぶした。
……と、いっても歌を止めると。
「キャー!」「うわ〜〜〜!」
こ、これは。不味い。また暴れだす象。
象はまっすぐ俺を目指す。…熊と同様、巨体の癖に目ッッ茶脚が速い!
「チーア!!!!」「チーアちゃん!!!」
俺はテントを使って象の視界を遮るようにして逃げる。テントが吹き飛ぶ。
奴の狙いは正確に俺を狙っている。
執拗に狙われてもかわしつづけるロー・アースやファルコが超人なだけで、
普通の人はこいつに狙われたら終わりだ。
切り札ともいえる平静をもたらす神の奇跡は奴の額に触れないと使えない。
(神の奇跡の癖になんてケチなんだ)
身長差から言って使えないだろう。ましてや俺を狙って暴れているとくれば。
「……♪♪」舌足らずの歌声が何処からか響く。
強烈な眠気に俺の足元が揺らいだ。やばっ……。倒れた俺に象の巨大な鼻が迫る。
その鼻が俺の頭をミンチにする手前で止まった。
ずっっず〜〜〜〜〜ん!!!!!
一瞬寝ていた俺はその音で目が覚める。
象が寝ている。いや、象だけではない。皆。動物も人も寝ている。
何処からか歌声と竪琴の音が聞こえる。
「ロー・アース。起きろ」ロー・アースを揺する。
活躍したから胸の痛みのことも含めて許してやるが、ちょっと寝すぎだろ。
「ららら…♪」
大きなテントの上で竪琴を手に
「眠り」の呪い歌を奏でるファルコが見えた。
俺が手を振ると奴はあの満面の笑みをこっちに投げてきた。
……事態が収拾し、
駆けつけてきた役人に平謝りするシャルロッテのお父さんとお母さん。
大騒ぎになったわりに怪我人が無かったことだけが救いだ。
あの歌の巻き添えで周辺の町の住人まで寝たらしい。
ファルコは律儀に正座して役人の悪口を聞いている。
(ボーっとしているようにしか見えないが)
横柄な役人にロー・アースがゴマスリしながら近づき、遠くに連れて行く。
「今後、気をつけたまえ」役人はそういって帰っていった。
…おそらく、袖の下でも渡したのだろう。
そんな金があったのなら飯のひとつくらい奢って欲しかった。
「……ファルちゃん。ありがとう」「うん。だいじょぶ!」
シャルロッテに元気に答えるファルコ。
シャルロッテが頬にキスしたので、顔を真っ赤にして照れる。
爺さん方にペチペチと叩かれて感謝される。
実際、相当な機転だったと思う。奴がいなければ死人が出る騒ぎだったろう。
「チーアの歌声が聞こえたから、『眠り』の呪い歌を使うことを思いついた」
あと、ローが倒れるまで眠りの魔法を使ってた。と付け加える。
「……ありがとう。ローさん」
ロー・アースは象を危うく殺しかけたのでまだわだかまりが解けないのだろう。
ロー・アースは黙って手のひらをひらひらとやる気無く振ってかえした。
あまり気にしてない模様だ。
ロー・アースが後に語るには、戦象と正面から戦って生き残る奴はほとんどいないそうだ。
生き延びただけでも幸いというものである。
「……なぜ戦象がサーカスに??」戦象は極めて貴重な存在だと彼は指摘する。
「パオは戦象なんて恐ろしい子じゃないです!」シャルロッテが叫ぶ。
「残念だが、事実だ。あと一般人の戦象の所持は厳罰に処される」
戦象は国次第だが決戦兵器として投入されるほど重要な戦力らしい。
時として雲霞のように投入され、滅びた国は多数とのことだ。
ロー・アースでなければ死んでいる。彼の機嫌が悪くなっても別におかしくは無い。
「……シャルロッテ。やめなさい。
あと、ロー・アースさん。非常に勝手なお話ですが、パオのことは内密に」
……団長さんが重々しく語るには、以前旅の途中で戦場の近くを通り、
その際、怪我をした若い象を拾ったそうだ。
シャルロッテをはじめとする皆の看護で元気になり、花形となったそうだが。
「象がいる地方ではないとは思ったが、まさか元戦象とは」
普段はやさしい、でかいくせに子供好きな象なのだ。あいつは。
そんな生き物まで戦争の道具にするとは。と団長さん。
「そういえばトリスタンは???」団長が呟くと、
「なにかあったのですか???!!」というトリスタンの声が遠くから聞こえた。
どうも独自に手品のタネの買出しに行っていたらしい。
なんてのんきな奴なんだ。
その日はほとんど興行は出来ず、片付けに追われることになった。
動物の芸は自粛になり、俺とシャルロッテは一緒に駄弁ることになった。
誰かが俺たちの目を盗んで檻を一斉に開けたとしか思えないが、
そんな腕のいい盗賊がいるものだろうか。誰だか知らんが、許せん話だ。
「ひまだね〜」「パオ♪」ファルコと象は早くも打ち解けている。
お前ら、ちょっとは手伝って欲しい。特に象の労働力は貴重なのだ。
(暴れたということで、猛獣はしばらく動かすなといわれたそうだ)
そして、最後の興行の日が訪れた。
もっとも華やかでもっとも楽しい日が始まる。




