3 天使(アンジェ)
3 天使
「ちょっと、待ちなさいよ」ん?
神殿を出て、相棒の暴れ馬、シンバットを呼び出し、スタスタ歩く俺を呼び止める影。
「チンチクリンの子供か」さっき見たぞ? なんて名前だったっけ。
「あなただって子供でしょ?! 失礼よ! レディに向かって! 」
プンスカと怒る子供。上背は俺とどっこいかそれ以下、胸はビックリするほどまったいら。
「私、アンジェ」ふーん。
スタスタと無視して歩く俺に泡をくって走って追いつく。意外と人間にしては脚が早い。
「ね、ね! トーイ様の弟さんなんでしょ?! 」「『自称』」
厄介なのに絡まれるのは嫌だし。
「だったら、金持ちだよね? 」「……」何言ってるんだ? このコ。
「借金10万ガメル」「ぷ。大嘘つき」ケタケタと笑う少女。ガチなんだが。
「ね、ね。トーイ様ってすっごく美形で優しくて強くてカッコいいの。知ってる? 」そりゃ兄妹だしな。
「……俺は冒険者の不良だ。
閨や路地裏に引きずり込まれて手篭めにされてもシラネェぞ。神官様」
ちょっと悪趣味な脅しをかけて帰らせることにした。
今頃下級神官が抜け出したとかいって慈愛神殿では捜索がはじまっているはずだ。
「……くくく。あなた、童貞でしょ? 」ん~。ついてないから違う。
ケタケタ笑い出したアンジェに残念な子を見る目を向けてしまう俺。
「坊やがそんな冗談を言うなんて10年早いと思うわよ。お こ さ ま♪ 」
口元をしかめる俺。少し嘶く愛馬を軽くなだめる。
「童貞卒業したくなったら『お姉さん』が相談に乗っても良いわよ~♪ 」
下品な冗談を言うアンジェという神官様。育ちがかなり悪いらしい。
「別に。全然いらねぇ。女には興味ねぇし」「あらあら。硬派ねえ」
「お こ さ ま には興味がない♪ 」馬上から身を乗り出し、アンジェに笑ってみせる。
「……ぷ」「あはは」
笑い出す俺たちに街の人たちが目を向ける。
神官服をシワ一つなく着こなすアンジェの容貌は誰が見ても物凄い美少女だ。
名は体を表すとは昔の人もよく言ったものである。
「気に入っちゃった。チーアだったっけ? 」
「俺、お前に名前呼ばれるおぼえねぇ」「……む~! 」
俺を睨みつけて地面に八つ当たりする少女は見ていて微笑ましい。
「『アンジェ様』、下着が見えていますよ?」
馬上から見えるわけがないが、そういってからかう俺に彼女は更に膨れてみせる。
「セクハラね。『チーア様』♪ 」微笑むアンジェ。
「……責任とって、結婚して」「なんでやねん」即答で否定してやる。
市場をノンビリ歩く俺たち、アンジェはいつの間にか果実を手に取っている。
まだ寒いのに果実か。貴重だな。
「食べる? 間接キスだけど♪ 」ははは。
「神官様がスリなんかしていいのか?」見たぞ。
「……ばれなきゃいいの♪ 」そういって彼女は最後の一口。
「果実の味のキス。試してみる? 」
馬上の俺に向かって唇を尖らせて魅せる。ぷっ。
俺は黙って愛馬を走らせた。
「ちょ! 私の誘いを無視するなんてっ?! 覚えてらっしゃいっ! 」
少女の罵声を受けながら、俺は走った。
「あはは! またなっ! アンジェ! 」「も~! おぼえてらっしゃい! チーアっ!! 」
これが、後に親友と呼ぶことになるアンジェとの出会いだった。




