2 理想を脱いで
「今日みたいに天気が良いと最高なんですが~」
トート氏の解説は本当に長い。なんでも糞から食料や肥料、はては砂糖を生産する場合、
豊富な太陽の光と綺麗な水、ある程度の気温、ある種の藻(酷いときは甘ゴケ)が必要らしい。
「そのまま食べるとおなかこわしますからねぇ」
……食ったのか。もうなにも言うまい。
「再現もしてみましたけど、天然の味とか触感は出ませんよネェ」
俺は吐き気に耐えかねていたが、この男、俺のゲロでも喜んで手にいれようとするので根性で耐えた。
便所掃除といってもこの国には汲み取り式の便所はないので、個人宅を回って糞尿を集めることはできない。
そういうことで車輪の王国地下に広がる王都の上下水道への立ち入り許可を役人に求めたのだが、
毒でも撒かれたら一大事と当然のように断られた。
また、「大量の糞尿を必要とする」と届出に素直に書いたトートは
危うく正義神の神殿に発狂者として通報されるところだった。
「車輪の王都はまだ温暖なほうですが、太陽が照っていてポカポカでないと発酵してくれないんです」
それ以前に俺が発狂する。
冬場どころか、太陽が照っている日と言うのは貴重だ。
庶民も貴族も太陽が照っている日というのは仕事はほぼ休みにするものである。
そんな日に、何故糞尿取りなぞ行かねばならんのだ。
あんなのは糞壷にためこんで窓から捨てれば終わりだろうに。
「肥料って??? 」
放浪癖がなければ大神官な筈の兄貴に聞いたこともあるようなないような。
「大地の力は作物を続けて育てるとどんどんなくなるってご存知ですか?
森を焼いた後に畑を作ると良く育つともいいますね」
聞いたことがあるが、その焼畑って奴はエルフを激怒させるので、あまりやられない手法だ。
てくてくと俺達4人はスラムのほうへ歩いていく。
この国で行政で下水道侵入許可を得ることが出来ない状態で大量の糞尿を手に入れたければ、
魔導帝国時代の遺産である上下水道を使っていない不法建築が多い地域に行くしかない。
つまり、スラムである。
「大いなる森の力を燃やしてしまって、わずかな大地の力にしてしまうわけです。
ただし、其の後の酷さはご存知でしょうが」トートはため息をつく。
いくら育ちが良いとはいえ、開墾の手間は半端ではなく、エルフを激怒させる代償に、
ほんのわずかの間しか役に立たない畑を作るのは割に合わないのではないかと。
「ですが、豊富なお日様の光とある種の藻を育てた糞尿は、うまい具合に発酵させると」
キラキラする瞳でトートは言う。
「なんと! 大地の力を回復させる薬になるのです! それを肥料といいます! 」
……胡散臭い……。うんこ食うとおなか壊すって今いったぞ?
「おなかは壊しますが、藻が発酵と一緒に糞尿の毒素……というか、
病気の元? を消してくれるのです」
んなアホな。
ただし、寒冷かつ乾燥している現代の気候だとうんちが凍ったりして発酵しないばかりか、
貯蔵施設をしっかり作らないと大地にうんちが混じって飲料水に混じり、病気の元になるらしく、
大量生産には問題があるらしい。
ゴミ処理や残飯の回収、他国では糞尿の回収を収入源にしている慈愛神殿で導入できたら、
万年貧乏な兄貴の神殿も相当潤うとは思うが。しかし。
「う~ん??? 」
毒だか病気の元だか知らんが、違いがイマイチわからん……。
俺も兄貴から医者の手ほどきは受けたのだが、どうもトートは魔道士や学者だけではなく、医者としても一流らしい。
「この国、スラムはこまめに焼けって無茶苦茶なことするけど、関係ある~? 」
ファルコが口を挟む。伝染病を防ぐためとお上は言うが、誰も信じていない。
「あります! 鋭いですね!!!! スラムでは糞尿を処理せず、窓から捨てますよね!?
その糞尿は雨で流れて終わりじゃないんです!
実は細かくなって残っているんです! それが回りまわって飲料水に入ってしまい、
病気の元が身体に入ることで伝染病になると私は考えています!!! 」
「「「珍説すぎる」」」
俺達は呆れた。伝染病の原因はいまだよくわかっていないのに。
……いや、その珍説に似た学説のお陰で一つの村を救ってきた俺たちだ。
無碍にはするわけにはいかないが。




