1 ウホッ! いい仕事?!
「ごめんなさい」
アキは楽しそうに笑った。絶対反省していない。
ちなみに、トートと言う中年一歩手前の青年は簀巻きにして放り出した。
男だったら張り倒している所だが、流石に女のアキは殴れない。
「『燃える水』から作った肉、食べられない海草から作った肉もどき、
馬の小便から作った水、糞だけを食べさせて育てた豚の肉……」
確かにカチカチになって水で溶かした不味いビールを「馬の小便」って言うが。
「ゲロから作ったシチューもあるわよ?」死ね。
俺がにらみつけるとアキは楽しそうに「冗談よ♪ 」と笑った。
「まだ美味しくないんだって♪ 」
俺はため息をつくと、「慈愛の女神様お許しください」と呟いた。
薄暗い店内に気がついた俺は窓を開ける。春先の冷たい風がちょっと辛い。
「ぶった~。チーアがぶった~。傷物にされちゃった~お嫁にいけない~」
店の奥ではたんこぶを抑えたアキがぼやいている。知るか。
森の香りが心地よい。天気も良い。
ふと視界に入った簀巻きが喋った。「寒いので入れてください」
「コレ、凄いぞ」ロー・アースはそういうと遠慮なくその水を飲んだ。
「精霊使いの浄水の魔法をほぼ再現している」
全ての不純物を取り除いて純水を作る「浄水」と違い、
水としての味も優れているとロー・アースは言う。
……今日からお前、馬の小便飲む男な。俺は悪態をついた。
「このお肉、美味しくないけど、不味くはないよ? 」
謎の肉の試食をする幼児の姿をしている妖精は俺の相棒、ファルコ・ミスリル。
燃える水から作ったという肉で作ったステーキはミンチを練って作った肉に似ていて、
酷い味というほどではない。むしろ残飯よりよっぽど美味い。
「研究の副産物で出来てしまいましたが、将来的には人糞から作れるようにしたいですねぇ! 」
そういって笑うトートという研究者に、俺は無言で顔面にパンチを入れた。
「他にも色々あるんです!大岩をも砕く炎の魔法を再現する薬とか!
高地に住まう蛮族が使う糞から作った高性能な燃料とか、
糞から作った作物を元気にする薬とか、尿から作った食用塩とか、
人糞や家畜の糞を水に溶かして日光を当てて育てた藻を処理した豆もどきとか」
……正義神殿の異端審問官に捕まってしまえ。どう考えても危険人物じゃないかっ!
「そうそう! 今一番頑張っているのが糞尿から砂糖を作る研究なんです! 」
「それは流石に」アキがぼやいた。
「ドン引きだろ」ローが呆れる。
甘味っていうのは滋養剤としても調味料としてもかなり貴重だ。
安価に作れたら凄いだろうなとは確かに思わんでもない。
でも原材料が糞尿だといわれたら……さすがにパスだ。
「……さとうだいこんとか、メープルシュガーとか、蜂蜜でいいんじゃないの? 」
流石のファルコも現実的なツッコミを入れるが。
「高いじゃないですか。うんちならタダなんですよ? 」
いや、まてまて。なんかおかしいだろ。
参考までにと魔法や実験で使う触媒代金をロー・アースが聞く。
ロー・アースは首を振って手をひらひらさせた。
「綺麗な水と甘ゴケが必要だってさ」甘ゴケというのはエルフが好むコケだ。
甘味と旨み、豊富な栄養を持ち、光源としても使え、水源を浄化できる。
当然、魔法の触媒として砂糖など比べ物にならないほど高値で取引されている。……ダメじゃん!!
「と、いうわけで、糞尿がもっともっと必要なんです。お金はいくらでも出します」
キラキラする瞳でトートは俺達を見ている。嫌な予感。
俺は逃げ出そうとしたが、即座にトートに腕を摑まれた。
「や ら な い か」
「ウホッ! いい仕事! 」
そういって当事者でもない上、店主でもなく、
更に俺が了承してないのに勝手に冒険者紹介手数料を徴収するアキ。
嫌だと叫んで暴れる俺をローとファルコが抑える。
こうして、俺達は便所掃除人として働くこととなった。
全て貧乏と借金が悪いのだ。たぶん。




