9 失われた廃坑の奥で
霧雨は長老たちと村長だけの秘密であり、
俺達だけがこっそり封印された廃坑に潜ることになった。
「明かりはふたつ。
ランタンとたいまつを持つんだ。
たいまつは先頭で蜘蛛の巣などを焼くために。ランタンは俺が殿で持つ」
「ウザイな。いちいち指図するな」
俺が偉そうなロー・アースに文句を言うと村長が俺を睨んだ。
「ティアは真ん中にいくの。一番安全なの」ファルコもいちいち五月蝿い。
「うっせぇ!なんで俺がテメェらに護られなければいけないんだっ?!あと、チーアだっ!」
村長がたいまつを握ってホコリを払い、ファルコが先導して警戒する。
なんでもグラスランナーは罠を見つける能力を産まれながらに持つらしい。
五感も鋭く、危険を感知する不思議な力も持っているそうだ。
しかし、こんなガキに先頭を切らせて、なんで俺が一番奥なんだよ?
「合理的な判断だと思いますが」「おれっちもそうおもうぞ」
俺の左右を固める『孔雀石』さんと『藍銅鉱』が補足するに、なんでも癒し手が斃れることはパーティの『死』を意味するらしい。
「だいたい、偉そうにほざいてるテメェ!ロー・アースッ!!」
俺達を焚きつけて、自分はランタンもって一番後ろにコソコソとか舐めてるのか?
「ブランクの長い私を除けば彼が一番強い」村長は呟いた。
首を縦に振る『藍銅鉱』と『孔雀石』。
「私達は」「おれっちと『孔雀石』は実戦に巻き込まれたことがねぇ」補足する二人。
背後が一番危ないこと、
ランタンによる範囲の広い明かりは正面より後方からのほうが効率が良いことを村長は説明する。
危険を感知するファルコ、夜目の利くドワーフが先頭に立つのは合理的らしい。
「うぜぇ。こんな地面の奥で先輩風吹かせているんじゃねえ」
俺が文句を言うとロー・アースは厭らしく哂った。「お前も俺の指示に従ってもらう」
うっせぇんだよ。俺は飛び出す。
「夜目ならドワーフだけではなくて俺も効くんだよ」
「ちぃや!だめ!」ファルコの声が響く。
「廃坑で大声を出すな」村長が軽くファルコを諭した。
「ごめんなさいなの」謝るファルコ。何故に正座。
……微妙にいきなりの土砂崩れで足が埋まった。助けてくれ。
「左右からの土砂でよかったな」
崩落なら俺の不注意で皆死んでいるとロー・アース。クソッ。
「未熟なのは悪いことではない。未熟を自覚し、足りない所を自覚できればそこが強さになる」
村長はそういう。
「『藍銅鉱』。私もお父様と同意見です」
「おれっちもお嬢に助けられているからなぁ」
俺の両脇をガッチリ握って離さない二人がにこやかに話し合っている。
「そうですね。私も『藍銅鉱』の鈍くて莫迦で鈍感なところに助けられていますから」
「お嬢、それは『嘘じゃない』だろ……」「くすくす。莫迦って良いじゃないですか」
人を挟んでイチャイチャすんじゃねぇ。マジでムカつく。あと俺は罪人か。
……。
「……静かに」ファルコが呟く。
この声は。「おそらく人食い蝙蝠の群だな」ロー・アースが呟くとたいまつを俺に握らせた。
???
『藍銅鉱』や『孔雀石』、村長も武器を仕舞い、たいまつを持つ。
ロー・アースもランタンのシャッターをおろしてたいまつに火をつけた。
「くるぞ」
俺はすばやくたいまつを足元に投げて弓を握り、向かってくる蝙蝠どもに矢を放つ。
しかし皆は一斉にたいまつをもって前に走った。「抜けるっ!」
なっ??!!てめぇら逃げるのかよっ??!
俺の矢は簡単にかわされた。
顔をかばう俺の耳に蝙蝠どもが噛み付く。手袋をつけた手も無事ではない。
必死でのたうって振り払おうとするが、全身に噛みついてくる。あちこち服が破けて血が出る。
「『眠りの雲』よ」
強烈な眠気が俺を襲った。俺の意識が飛んだ。
「お前は帰れ」
邪魔だとロー・アース。
くぅ。悔しさに震える俺の頭に彼の声が木霊する。
「ろう。癒し手は必要だと思うの」
「走って抜ければ戦う必要すらない。だがこいつは矢を放った」
蝙蝠は何故か矢をかわす不思議な力を持つらしい。ボーラで捕まえることが出来るが。
「先頭がグラスランナーやドワーフだから矢が当たらずに済んだがな」
勝手に挑発をした上に自分だけ逃げ遅れる。軽率にも限りがある。とロー・アース。……クソッ。
「ロー・アースさん。傷なら私も癒せます。一日に数回ですが」
「ワシもだ」『孔雀石』や村長も癒しが使える。
エルフの女性が使うという毒も病気もあらゆる傷をも一瞬で治す
完全なる癒しは、連発できるものではない。
村長の使途としての力はあまり強くないらしい。そして彼は医術に疎い。
「お前は耳が治ってるな」医療の知識と技術は癒しの力に大きく影響する。
自分自身に『浄水』をかけて身体と服を綺麗にして、傷薬を塗り、癒しの奇跡を願ったのだ。
「怪我が治せるから怪我していいわけではない。
魔力には限りがある。治療のための薬や包帯も無駄だ」……くっ。
「先に傷を洗うんですねぇ。参考になりました」『孔雀石』は楽しそうだが。
……俺が先ほど何気なく使った"浄水"で作った綺麗な水はこの村では貴重になっている。
「はいはいっ!俺を護ってくれるんですねっ!先輩様はっ?!」
「……後ろで大人しくしていれば。な」
「ぼくは。ちぃやがうしろで怪我治してくれるなら思いっきり戦えるのっ!」
腹が立つロー・アースと違ってファルコは比較的マシだ。
「チーアどの。前衛は時として傷つくことがあるが、
だからといってかばいに来るな。チャンスが来るのを待ってくれ」
村長の言葉に「待つのは嫌いだ」と言いかけたが、
流石に村長やっている人に文句を言うのは大人気ない。
「はははっ?おれっちはちょっと剣で斬られた程度では痛くも痒くもねぇっ!安心して後ろにいなっ?」「……藍~銅~鉱?」
調子に乗る『藍銅鉱』を『孔雀石』が睨んでいる。
「お嬢も殴り合いはおれっちたちに任せておいてくれ。
……死にそうなときまではお嬢の力は温存だ。
間違ってもかすり傷やちょっと腕が飛んだ程度で使わんでくれよ?」
いや、腕が飛んだらおおごとだろっ??!
慌てる俺に連中は衝撃のことを発言した。
「生えてくる」「はえてくるよ?」
「私は無理ですが、治癒でくっつけることが」
ドワーフは二週間くらいで生えてくるらしい。完治までに1年以上かかるが。
「『孔雀石』じゃないが、直ぐならくっつけることも出来るらしい」ま、まさかっ??!
ロー・アースの補足説明を受けて「人間じゃねぇっ?!」思わず叫んだ。
「にんげんじゃないの~」「人間ではありません」「人間がヤワなんじゃね?」「人間は大変じゃのう」
ファルコと『孔雀石』、『藍銅鉱』と村長はのんびりと応えた。
……。
「来る……の」
「??」
「……二手からじゃな。『藍銅鉱』。ワシと。ロー殿はファルコ殿と」
軽い。妙に軽くて硬い足音がする。
現れたのは。
「……な、なんだ。たかが骸骨じゃないか」
……弓を構えて戸惑う。コイツラ、何処狙えば良いんだ?
ロー・アースとファルコは骸骨をひきつけているが、
剣では有効打にかける。短剣なら尚更。
結果的に大斧を持つ村長と『藍銅鉱』が骸骨をすばやく倒している。
「マズイ。『藍銅鉱』。下がれっ!」「へ?おいら絶好調ですぜ?」
「ファルコっ?!もっと盾を使えっ!後ろに下がるのは最低限だっ?」「え?」
俺と『孔雀石』に骸骨の群れの一部が襲ってくる。
「ひょえ?!」「きゃっ?!」
はじめてみる動く骸骨は正直言って怖い。生理的嫌悪を感じる。
かろうじて骸骨の剣をかわすが。
「『孔雀石』ッ!」「きゃぁあ?」『孔雀石』はかわしきれないっ?
「あぶねぇ?!」俺を襲う骸骨を無視して『孔雀石』を突き飛ばす。
あ。しまった。
弐体の骸骨の剣が俺に迫る。あ~。ダメだ。かわしきれん。
「ちいやっ?」「うん?何がっ」ファルコと『藍銅鉱』が異常に気がついたらしい。
ファルコは自分の相手をしていた骸骨を蹴飛ばし、俺に突っ込む。
そのまま一体に頭突きを放ち、そのままもう一体に対峙。
「こっちなの?」骸骨の前で短剣をチラチラさせて挑発する。
挑発に乗ったわけではないが、骸骨は彼に目標を変更したようだ。
「あぶねぇ!近寄るなっ?」「へ???」子供が剣に晒されているのに黙ってられっか?
「ファルコっ!護ってやる!」ぎゅっと身を盾にしてファルコを包む。
「ちょ?!ちょ?!ティアッ??!じゃまっ??!じゃまっ??」あわふたするファルコ。
しかし、俺の身体に剣は突き刺さらなかった。
「お前ら。ナニやってるんだ……後衛が回復魔法を忘れて身を盾にしてどうするんだ」
……ロー・アースが骸骨の手を握っていた。
そのまま無理やり引き寄せて引き千切るようにする。蹴る。骸骨を吹き飛ばす。
敵は肉がなくて軽いので掴み技が有効らしい。意外とあっさり蹴りがついた。もとい片付いた。
「ファルコ。こいつには肉が無い。剣で狙うなら頭か腰骨。格闘技は極めて有効だ。軽いから簡単に吹っ飛ぶ。
『藍銅鉱』。突出しすぎだ。『お嬢』が可愛いんだろ?攻撃だけではなく、立ち位置も把握し、後衛に敵を漏らすな。
ファルコも同じだ。かわして翻弄するのは得意だが、お陰で間が開いた。
お前の今日の役割はチーアや『孔雀石』を護ることだ。多少の怪我を恐れるな。
後ろに控えるチーアと『孔雀石』を信じろ。水も漏らさぬように敵との間合いを制御しろ」
前衛に不慣れなメンバーのミス。だったらしい。
「……俺もだがな。初めての前衛は自分を護るだけで精一杯で仲間との連携なんて考えられなかったよ」
皮肉げに哂ったと思うと。
「すまなかった」
俺に頭を下げるロー・アース。
……え???
「俺が漏らした所為で『孔雀石』とお前を危険な目に遭わせたからな」
い、いや。いいよ。
「まぁ。お姫様方。少々頼りない騎士どもですが、われらにお任せください」
彼は苦笑し、俺と『孔雀石』に時代がかった華麗な挨拶を見せた。
……正直。一瞬、見蕩れてしまった。
「あ、そうだ。さっきの弓の話だが」あ?
「合図したら俺の背を撃て。なんとかかわしてやる」はいっ??!
「狙う場所を指定したほうがいいか?お前の弓の腕がよく解らん」ばっ?馬鹿にするなっ?!
「いちおう、狩人だし、ただの的を狙うだけの腕じゃねぇよ」
俺がそういうと、
「なら、頼む。誤射はしないでくれ」とロー・アースは楽しそうに笑ったが。
「い、いや、戦闘中の仲間に誤射しないとは保障しきれない」
というか、流石に後味悪い。無理だ。
「まぁ、馴れれば有効じゃが、生憎チーア殿には難しいのでは?
ワシの時は『背が低いから楽だ』と情け容赦なくワシに向けて『とねりこ』は撃っていたので肝をひやしたわい」
「……『お父様方』ってどういう関係だったんですか」
『孔雀石』は呆れている。
「ああ。誤射は一度もなかったぞ。兜をかすったことはあるがのう」「……」
思いっきり、仲が悪いように聴こえるが?
「じゃ、撃って良いよって挨拶をきめておくべきなの?」
合図だ。ファルコ。
「あ~。確かにこういうのは無理か」ロー・アースは苦笑い。
「ある程度なれたチームだと自然にタイミングがつかめるんだが、そういうわけにはいかんからな」
どんなサーカス芸だよ。ロー・アース。
「他にも、俺を敵の視界から壁にして後ろから近づいて、
俺の背を踏み台にして、ファルコが上、俺が下から攻撃とか、色々あるが」ふーん。
「不安だ。もう一度練習しておこう」
「そのほうがいいのう。ここでやるのは危険なのじゃが」
何度かロー・アースにフォーメーションの練習をしたほうがいいと行き先の道中で言われたが、
後ろに引っ込むのに納得できない俺は彼のことを無視して、
ファルコとロー・アースの練習を焚き火の面倒を見ながら眺めていただけだった。
洞窟に入る前も軽く『藍銅鉱』や『孔雀石』相手に指導していたが、やり直しをここでするという。
「……わかった。俺も手伝うよ」
俺は今度は素直に彼に従った。
ロー・アースは食事を取り出した。
「まぁ食事を取りながら軽くやろう」
へ?
こ、こんな敵の死体がゴロゴロしてる中でっ??!
「ゾンビの横でメシ食ったことがある」「冒険者なら珍しくもないのう」うううう。
……意外とロー・アースの指導は解りやすかった。
『孔雀石』と『藍銅鉱』はこんな危険な地下の中でも練習にかこつけて仲よさそうにしている。いいことだ。
撤退戦の復習(逃げるのが一番重要で大変らしい)、通常の陣形の解説と彼の談義と実演は食事を交えて続く。
「ふ~。なの」
ファルコが敷物の上に正座をして緑色の液体をのんでいる。
「なにコレ?」見たこと無いが。「お茶~」
チャ??
……ああ。『草原の国』の特産品だったっけ。
「正確には草原の民は『茶』をつくらない。好むだけだ。実際は更に東方が産地だ」そうなの?
「……『カタナ』を作る民の茶は絶品だぞ」「なの~」ふむ?
「いいなぁ。お父様。私もお父様のように外の世界を見てみたいです」『孔雀石』は楽しそうだ。
『孔雀石』も『藍銅鉱』も村の周りから一歩もでたことが無いらしい。
「そんなに美味いなら一口くれ」「いいよっ!」
期待しながら一口含もうとすると、何故かロー・アースと村長がニヤニヤしている。うん??
飲んだ。「にがっ??!!」何処が美味いのっ??!コレっ???!
何でも、ゆっくり飲んでいると徐々に美味しさを感じるようになるらしい。失敗した。
……。
食事を終えた俺達は探索を再開した。
今度は骸骨どもは現れない。助かった。あいつらキモイ。
「そろそろじゃ」村長が呟く。
……!!!!
視界が開けた。
「こいつは」「綺麗……」「すっご~い!」「おれっちもびっくり」
俺達はその幻想的な光景に瞳を奪われていた。
地底の泉の中に乱立する輝く結晶の森。
その反射で煌く泉の中央に清涼な光をたたえた細身の曲刀が浮いている。
「あれが?」「『霧雨』か」「……『霧雨』じゃ」「すご~い!」
うん。俺も驚いた。綺麗だ。
……だが。
「泉に近づくな」
泉に入ろうとするファルコを止める。
「水の乙女に襲われる」
美しい泉に見えるが、毒に汚された怒りに燃える精霊達がこの泉には巣食っている。
一歩でも泉にはいればたちまち引きずり込まれてしまうだろう。
……スタスタと歩く『孔雀石』を止める俺。
「『孔雀石』っ?聞かなかったのか?この泉は危険だ!」
「"『にがよもぎ』の娘、『あかねのそら』です。水の乙女達。母に代わってご挨拶します"」
『孔雀石』は精霊の言葉を話しつつ、泉に入っていく。
「"過ちを私は正したい。水の乙女よ。母に代わってこの山の水を護ります。どうか。どうか『霧雨』を我に貸し与えたまえ"」
空中で『霧雨』はくるりと回転し、『孔雀石』の手に収まる。
「貸して頂きました」
『孔雀石』は微笑んだ。
よかった。おもわずため息をつく俺達。
噂どおりの美しい剣だ。
表面は結露をたたえ、光を反射して輝く。
問題は。
「重くてつぶれそう……『藍銅鉱』。助けっ。って……」
……ですよねぇ。
……。
「『霧雨』よっ!!我らの里を!この山の毒をっ!!!取り除けっ!!」
『孔雀石』、『藍銅鉱』。村長。水の精霊達。ファルコ。俺とロー・アースの祈りが『霧雨』の魔力と重なり、淡い光が周囲に広がっていく。
「……水の乙女達がお礼を言っているぜ」
「ええ。村は救われました。いえ。この山全てが」
「よかったよかったの~」「まぁ、ちょっとビックリしたが。お嬢すげぇな」「ワシの娘じゃからな」
「『霧雨』、確かに本物のようだな」????!!
いつの間にか立っていた黒いローブの男。声からして若い。
「『藍銅鉱』。キリサメを寄越せ。貴様らには過ぎた品だ」黒ローブはフードの奥で微笑んだ。




