8 出生の秘密。未来への鼓動
「婿殿方、知りたいことは見つかったか?」
村長の尋ねる声は。硬く。重い。
ドン!
ロー・アースが『魔剣・霧雨の記録』をテーブルの上に叩きつける。
「全部。……話してください。お父様」
『孔雀石』さんの声は震えていた。
「村長」
『藍銅鉱』の声も。重い。
「……」
村長は黙っている。
「私は。お父様の娘では無いのですね」
「私の自慢の娘だ」
……『嘘はつけない』はずだ。ドワーフは。
「実はエルフなのにですかい?
……今の今まで気にしませんでしたがお嬢がそういってましたが?」
気づかんかったんかい!!!流石ドワーフ!!!
こまけぇことはいいんだよ!を地でいく『藍銅鉱』。そこにしびれる憧れる。
「いやぁ。言われてみりゃ、お嬢は背が高いし、ガリガリだし、
乳も無いし、団子鼻でも無いし、筋肉のかけらもねえし。
一番筋肉で出張ってるはずの腹にいたっては特にそうだし、
それどころか脂肪すらロクにねぇし髪の色も金色だし。
……いわれてみりゃ、エルフだわ。気づかんかったなぁ」
……『藍銅鉱』。お前は地獄を見たいのか?
と、いうか。美醜の基準がここまで違うのに
何故ドワーフはあれほど優れた美術工芸品を作れるんだ?
あれか。こいつ、女には興味が無いのか。そうなのか?
「藍~銅~鉱♪」
『孔雀石』さんはニッコリ微笑みながら『藍銅鉱』の首に細い両腕を回す。
「胸が。腹が無くて悪かったわね……??!!」
ぐいぐい絞めあげ、胸を押し当てるが『藍銅鉱』にはまるで効いてない。
「お嬢。じゃれている場合ですかい?」
「貴方のせいでしょっ!」
いや、ラブラブはわかったからさっさとお話を続けましょう。
「ドワーフは嘘をつけないんじゃねぇのか?」
そのはずだ。
「何処が嘘だ?『孔雀石』は私の自慢の娘だ」
村長は言い切った。
「しかし。血はつながっていない。おそらく、この記録の後半。
金釘文字で書いているドワーフ語のメモは村長、アンタの覚書だろう」
ロー・アースは続ける。
「……」
沈黙が事実を肯定する。
「……『とねりこ』と『にがよもぎ』」
「……私の親友たちだ」
ファルコが覚書に書いていたことを読み上げる。
「これ以上は、僕が読んじゃダメなの」そういって村長に続きを促す。
「……二人の娘の名前が聞きたいのか?」頷く俺達。
「……『あかねのそら』だ。今は『孔雀石』と呼んでいる」「……!」
「30年ほど前だ。私と友人は『霧雨』を求めて古代魔導帝国の遺跡を巡っていた」
金儲けを求めていた『磁鉄鉱』(村長)と人間の染物で汚された川の浄化を望む『とねりこ』。
当初は種族の差もあり馬が合わなかったそうだが、
業物を尊ぶドワーフと美を護るエルフはいつしか心を合わせて一振りの剣を手に入れようと奔走するようになる。
「それが『霧雨』?!」
頷く村長。
「『とねりこ』さんと『にがよもぎ』さんは?」
「『とねりこ』は私の相棒だ。優秀な精霊使いだった。
『にがよもぎ』は……敵だった。闇エルフだ」
「!」「??!!」「なっ?!」「やめえるす?」「やみえる?」
よく聞こえなかったが。俺とファルコが不思議そうにしているのに対して、
フラリと倒れる『孔雀石』さんとそれを支える『藍銅鉱』。
青い顔をしているロー・アース。
……なんか、村長変なこといったの?
茜(セイヨウアカネの一種。作者註訳)というのは赤い染料を作るためによく使われる花。
ニガヨモギは薬草に使われるが習慣性が高い。人をたぶらかす邪悪な蛇の通り道に生えたと伝えられる。
前者はエルフにとって不吉な色の花、後者は毒草。
どっちもエルフにしちゃ珍しい名前だとは思うが倒れるほどのことか?
「慈愛を司る女神よ。この者に気力を。強き心を」
俺が女神への祈りをささげ、奇跡を請うて『孔雀石』を起こす。
「……お嬢。もう」
「続けてください。『お父様』」
髭の奥の表情は読めない。だが、俺には村長が泣いているかのように感じた。
「『にがよもぎ』は『霧雨』を手に入れるため、わしらと戦った」
古代の廃坑の奥、水の精霊達に護られた『霧雨』を世に出さぬため護ると決めた二人と、
『霧雨』を手に入れ、『水』の支配権を握ろうとする者たちに仕える『にがよもぎ』との戦いは激しかった。
結果、『にがよもぎ』に勝利した二人だったが、
村長は命は落とさなかったが大怪我を。『とねりこ』の傷もまた深かった。
二人は『霧雨』を廃坑とともに封印。
ドワーフの一族を招いて村を興すことにした。
『霧雨』を欲深き者たちから護るために。
「美しい『水』を自在に出来る。それは人、国の命を左右するに等しい」
村長は『霧雨』のことを隠して生きることを決意したのだ。友と共に。だけど。
「『にがよもぎ』さんは?」
真っ青な顔で『孔雀石』は問う。
「……捕らえるのが精一杯だった」
勝ったというにはあまりにも辛い勝利だったそうだ。
二人とも大怪我を追い、
追い詰められた『とねりこ』はエルフが忌み嫌う闇の精霊を呼び出し、
二人を倒すために魔力を消耗していた『にがよもぎ』にぶつけた。
闇と恐怖の精霊は彼女の得意領分だったが、
まさか光の子であるエルフに使われるとは予想もしていなかった『にがよもぎ』はそれをまともに受けた。
が。友人である村長と『とねりこ』自身の命を護った機転の代償は重かった。
「彼は全てを失ったのだ」「……!!」
エルフは同族の罪人を殺さない。だが死より重い罰を与える。
不老長寿を持つ彼らの同族に対する罰は。『追放』である。
「自分の命を救うため、友の命を護るために闇の精霊を少し使った程度で……『追放』にはならん。エルフどもも頭の固い莫迦ではない」
だが、『とねりこ』は闇の精霊を使ったことを由としなかった。
「アイツはどうも、わしに似てしまったらしい。『今日からわたしも『磁鉄鉱』と同じドワーフだ』と」
うれしかったと同時に寂しかったと言う村長。
ドワーフはせいぜい数百年。長生きしても500年ほどしか生きられない。
そんな友人の為に『とねりこ』は全てを捨てる決意をしたのだと。
「「「「「……」」」」」
重い話だ。村長が語らなかったのも頷ける。
「『にがよもぎ』は殺したんじゃねぇんすか?」
『藍銅鉱』が口を挟む。
「……彼女は私達に破れ、行き場を失っていた」
犯せ。殺せと叫ぶ彼女だったそうだが、
恋を知らぬ若きエルフやドワーフは『にがよもぎ』を犯すことは物理的に無理である。
そもそも人間と違ってそういう娯楽を持つ感性が無い。本能もない。
そして、『にがよもぎ』。彼女も大きな怪我を負っていた。
非道の限りを尽くしてきた『にがよもぎ』は自分を倒した二人が彼女を犯すどころか意識が戻るまで優しく介護していたことに気がついた。
それを感謝ではなく、誇り高き戦士の彼女は侮辱と取ったらしいが。
行き場をなくし、負ければ殺され犯される。
そのような境遇に疑問も無い娘に『二人の』ドワーフたちは暖かかった。
いつしか『にがよもぎ』は『とねりこ』と心を通い合わせ、村長こと『磁鉄鉱』の応援もあり。
村長こと『磁鉄鉱』が神官役を勤め、三人だけのささやかな式をあげた。
「そして、我らは『霧雨』を封じるために鉱山の周りに村を築いた」
村長の語る言葉に真っ青な『孔雀石』さん。「『にがよもぎ』と『とねりこ』は?!」
「死んだ」村長は語った。
『にがよもぎ』は『孔雀石』を産むとほぼ同時に力尽きた。『とねりこ』もまた傷が深かった。
『にがよもぎ』の後を追うように彼もまた亡くなった。
「『孔雀石』。『あかねのそら』は。
……『闇を打ち払い。人に希望をもたらす朝日』を見て二人がつけたのだ」
「……」
『孔雀石』は震えている。衝撃が強かったのだろう。
崩れ落ちて嘆く彼女を『藍銅鉱』が支えている。
「なんで『孔雀石』なんすか?」
『藍銅鉱』が不思議そうに尋ねる。
「遺言だ。光と闇の子ではなく、
『私達と同じ』ドワーフとして育てて欲しい」
二人の最後の言葉は同じだったらしい。
結果。『孔雀石』は明るく優しい娘に育った。
ドワーフたちの愛を一身に受けて。
「お父様。『霧雨』を。世に出す許可を」
『孔雀石』さんは立ち上がり、強く『父』に話した。
「『にがよもぎ』も『とねりこ』も。
……『あかねのそら』もこの村を救いたいと祈っているはずです」
「そうか」
「ええ。血は繋がらぬが、心が繋がっている『自慢の娘』からの意見ですわ」
『藍銅鉱』も『孔雀石』も強く頷く。村長は優しく頷いた。
「俺にも手伝わせてください」俺は言った。
「ぼくもっ!」ファルコは明るく叫ぶ。
「ロー・アース。お前は帰っていいぞ?」
俺は後ろにいる男に言ってみる。奴の返事はこうだった。
「『俺達』に訂正させてください」




