8 女神たちの微笑み。高司祭さまの涙
「なにじゃれているんだ」
薄れる視界に広がるのは抱き合う男女。こうしてみると御似合いだ。
目に突き刺さる瓦礫と埃の香り。血の香りと汗の香りは舌に絡むようだが不愉快ではない。
整った顔立ちは戦ったあとの凄惨さを補って余りあるし、その干からびた声もまた美しく力強い。
泣いてないぞ。ちょっと瓦礫の粉が目に入ったのと、胃液と喀血が喉に閊えているだけだ。
「ファルコ。どいてやれ」青年は肩をすくめて見せた。
相変わらずの無気力な顔立ちだが、ボロボロの革鎧のふざけたドクロのマークが本当に微笑んでいるように見えた。
もうちょっとこのままでもいいな。
冬の風は去り、死の息吹は春の歌声に変わっていく。
視界の隅で俺たちが冒険のはじめごろに出会った冬の精霊が手を振っていた。
きみがきらいなわけじゃない。きっと来年も出会えることを信じている。
輝く命は冬の寒さに抱かれて未来を夢見る。
小さな透明の石ころはダイヤモンドを夢見て。ダイヤモンドになれなくても輝き続ける。
だめだ。俺は詩人としては三流だな。
自嘲しながら何とか口の端を上げて見せると、男女はゆっくりと俺に手を伸ばした。
ふらつく身体を何とか二人に支えてもらい、高台の上から『車輪の王都』を眺める。
大地震が起き、大風が吹き、河が逆流する惨事だったにも関わらず人々は堪えていないようだ。
早くも王国軍と盗賊ギルドと各神殿の捜索隊が結成され、被害状況の確認と復旧を開始しているようだ。
その中には俺の知るこそ泥出身の聖騎士見習いや騎士団長。戦乙女たちもいるのだろう。
裏返る肺腑と臓腑にゲホゲホと既に吐く物のない俺は、ふらつく身体を何とか支えようとしてまた転びかけるが。
「みゅ」ファルコとロー・アースに支えられる。
「チーア」埃だらけのほっぺたに柔らかい感触。
……。
……。
振り返ると唇から広がる少女の思い。
アンジェ。心配かけたな。ははは。すまない。
「二号店もぶっ壊れちゃったな」「これから大変ね」エイドさんたちは落ち込む様子もなくむしろ誇らしげだ。
「先祖の使命、無事に果たしたからな」……詳しくは聞かないほうが身のためらしい。
肩を抱き合い、戦勝の喜びにむせる人々。散った仲間に涙を流す人々。
ファルコが切り開いた雲間から大きな光が差す。
その輝きは、その暖かさは俺たちの傷ついたからだと心を癒していく。
「ッ?! 」
アンジェが指差す先を見た。
微笑む二人の女神が陽光の中から見える。
「女神よ」「奇跡だ」
二人の女神は微笑みを俺たちに向けると柔らかな風となって消えた。
「……むにっ? 何でぼく生きているんだろ」「あれ? グローガンさん。俺」マジか。
息を吹き返したものたちの周囲で歓声が巻き起こる。
ああ。暖かい風が吹く。
春なんだな。春なんだな。
俺はロー・アースの腕に抱きつき、ファルコは俺の脚に噛み付く。軽く蹴る。
ファルコはロー・アースのボロボロのマントにのぼり、彼の背中から町を見下ろす。
ふとロー・アースの背に目をやると、黒髪のエルフの少女が首筋に腕を絡めていた。
「べっ」俺にアカンベー。はは。取りはしないさ。
「春か」「春だね」「春ですね」「お兄ちゃん。春の精霊が見えるよ。精霊たちが謳っているよ」
春の訪れに精霊たちは沸き立ち、火は踊り風は揺れ、氷は水に。大地は息吹を受けて種をおこす。
乙女は歌い、男たちは踊り、
畑は氷から解き放たれ、作物が育つだろう。
「ところで」
いつの間にかおれたちから離れた高司祭さまはニコニコと笑いながら呟いた。
「春は待てば来るかも知れませんが、いい女を待たせて他の女と腕を組むのはいただけませんね」ほに?
「……」
ロー・アースの表情が固まる。ファルコとエフィーは黙ってその拘束を強めた。
意味が分からず戸惑う俺は、自分の腕をガッチリとロー・アースの腕に絡めて胸を押し当てている事実に気がついた。
「そふぃ……」
パァンッ!!!!!!!
豪快な張り手が。ロー・アースの顔に炸裂した。
「何時までも女が男を待っているなんて。幻想なんですよ♪ トーイ様にもそうお伝えくださいッ 」
ケタケタと崩れ落ちて笑う女性の瞳の端に。俺は確かに涙を見た。




