4 苦しいときにご冗談を
「ナニやっているのですかッ この状況で『祈り(ウィッシュ)』など自殺行為ですよっ 」
カレンの声が遠く聴こえる。結界を維持するだけでも血液が逆流し、体中から血が噴き出て、
喉元から辛味を帯びた胃液が逆流してきて辛い。「でも。辛いのはカレンだって同じだッ 」
『祈り(ウィッシュ)』
神官の切り札。
命や寿命を削るほどに強く祈り、願い、乞う。
その思いが因果律を超え、身体を失った神々に届くことがある。
だが、多くは『祈り(ウィッシュ)』の領域に届くほど強く願う事は人間の子には適わない。
それでも、神官ですらない普通の人間の声すら、命がけで祈れば届くことがある。
「さっさと聞き届けやがれッ 『慈愛の女神』ッ!!!!!!!! 」
そう呟こうとしたが、唇から出てくるのは血と鼻水と涙のみ。
「喧嘩うってどうするのよ。チーア」呆れを伴うやさしい声が隣にたつ。
「我は祈る。私は私たちの幸せを祈る貴女自身の幸せを祈る。
悪の道に私は歩もうとしていました。でも貴女とこのチーア、神殿の皆はこそ泥の私を受け入れ、優しさを与えてくださいました。こんどは私が僭越ながら貴女に優しさを。ぬくもりを」
その少女は俺の同僚。「れてぃ……しあ? 」「別にいいでしょ。奇跡が使えない下級神官だって祈ることくらいするのよ」
それにしたって、この状況でなんでくるんだよ。
「私も祈ります」「お姉ちゃん。私も」
双子の声が聞こえる。
「女神よ。我ら双子の声を聞き届けてください」「私は貴女を恨んでいました。なぜ癒しの力を与えてくれないのかと」
一度は病に倒れた下級神官のミナヅキと、その姉のミズホの声。
剣戟鳴り響き、悲鳴の上がる瓦礫の戦場に少女たちの声が重なる。
『我らの魂の力をチーアに』暖かい力が俺に流れてくる。
お前ら、癒しの力はないはずなのに。激しい頭痛でほとんど思考能力のない俺に二人は楽しそうに笑ってくれた。
俺も少し笑えた。
町の隅々で剣をふるい皆を護る名もなき兵士。
手下たちを引き連れて避難民を誘導する元ヤクザのグローガンたち。
俺たちと剣を、轡をならべて戦う戦士や冒険者や神官。
貴族や王族も民を導き、必死で抗っている。
小さな子供や力なき子ネズミもみなをいたわり、逃げている。
みんな。祈りは同じ。
「とどけ。因果律を超えて。この思い。『きやがれ。女神』」
暖かい力が、やさしい力が俺の身体に流れてくる。『神は光なり』そういえばカレンがそんなこといってたっけ。
剣をそろえ、鎌を手に戦う二人の男女が見える。
ホント、仲いいよな。おまえら。
「ば~か」思わず冗談が漏れる。
俺の前で激しく戦う戦士はこう返した。
「馬鹿もばか。おおばかなるはこの冒険者。金もなく夢もなくそれでも夢を護る剣の一撃。さぁお立会い」
「そのそばで、仕える神に牙をむく。愚かな女はなんでしょう。さぁ御覧あれ」
おどけた声で二人の男女は呟き、必殺の剣を繰り出してみせた。




