3 祈り(ウィッシュ)
「護るその手のひらは『梅の花』。春の訪れを知らせ死の風から命を護る」
ウメノハナというのはジェシカの武術のモチーフになった花らしい。
「祈るその手は『桃』の花。邪を退け希望をつむぐ」
カレンは気取ったように俺の隣に立つと、母さんのように微笑んだ。
俺は両手を広げ、祈る。いや、叫ぶ。
「ききやがれっ! 女神ッ! 俺の訴えをっ!!!!!! 」
叫ぶ俺と祈るカレンの周りから『死の歌』が少しずつ引いていく。
「攻める刃は『桜の花』散って散らして艶やかに。緑の命の葉を咲かせる」
ファルコとロー・アースはそう叫び、剣をふる。その剣を支えるものたち。
豪快な蹴りが剣を弾き飛ばす。2メートルを軽く超える熊が暴れ。
「人間です」すいません。エイドさん。ここでいじけないで。
邪眼を持った盗賊と聖なる騎士が刃をそろえて立ち向かい、火竜の娘と美貌のエルフがそれを支援する。
「ふふふ。チーア。後で処女をもらうから」首筋に息を吹きかけられ、思わず結界が緩む。
「ぐわああああああああっ?! 」「ぎゃああああああッ 」
ぼか。
ロー・アースが親友である赤い服を着た娘を思いっきり剣の平で殴った。
「アキ。邪魔するな」「だってぇ」涙目の声が背後から聞こえる。
「チーア。未熟ですね」「ごめん。カレン。だが大丈夫さ」
「チーア」背後から暖かい両手が俺を抱きしめる。「アーリィさん? 」
「お母さんが、きっと見守ってくれているわ。チーア。いえ。ユースティティア。正義と平等の女神の名を持つ可愛い子」うん。
確かに。怖いさ。本当に。怖いさ。でもちょっとだけ。怖いからこそ勇気がでるんだ。
怖いっていいよな。それより怖いものは勇気になるんだから。
俺の喉元から自分の名前が出る。「勇気。ユースティティアか」親父。お袋。サンキュ。
相変わらず人外の暴れっぷりをエイドさんと背を向け合いながら繰り広げる親父をながめ。この状況でも笑みが出た。
「高司祭さまっ! ここは俺とカレンが抑えますからッ 」
迫りくる『死の歌』に吐き気がする。臓腑が引きちぎられそうだ。脚が震えるし、ちょっと漏らしたかも。
彼女は無言で左手をかざす。本来の彼女の利き腕は左手。
彼女の得意武器のショートソードは本来の得意武器ではない。
邪神の司祭に相応しい彼女本来の武器。大きな鎌を手に立ち上がる。
「ロー・アース様。戦えますか」「勿論」微笑みあっているであろう男女の背に少し胸がズキリとした。
「聞けッ 女神ッ 俺の声をッ 」胸の痛みも恐怖に裏返る臓腑の痛みも関係ない。
叫ぶんだ。届け。俺の『祈り』。




