2 ある神官長の契約祈祷
強い。
相手は『神』なのだから当たり前だけど。
「てぃあ。だいじょぶ? 」ファルがとっさに私をかばってみせたが、
「ティアって呼ぶな」という暇もなく百八の剣は私を狙う。
回復魔法を使うものから倒すのは定石だが、この剣は三人を一斉に狙ってくる。
体術に劣る私を抱えていては戦いづらい。
突き切り払い薙ぎ防ぎ刺し貫き切り裂き吹き飛ばし弾く。
百八の剣はかくも恐ろしく俺たち三人に襲い掛かる。
その一撃をかろうじてかわせたのは。
音をも残して駆ける音。かわし逸らし逸らし飛び跳ね攻め蹴飛ばしマントでながし踏み耐え踏ん張る。
小さな身体は大きく躍動し、小さな黒い盾は炎や氷や打撃をよく防いでみせる。ファルコだ。
二本の剣と魔導を駆使し、
攻めると同時に護り、護ると同時に攻め、魔導で護り、遠くの剣を止める。
彼の背中の巻き上げ機つきのクロスボウが浮き上がる。魔導の力を受けたクロスボウは大人でも引けない力で引き上げられた太矢を何発もはなつ、その一撃が見事に神像に決まるが、それでも神像を砕くには至らない。
宙を舞うファルコは俺やロー・アースの矢を空中で蹴って方向を変え、鋭い短剣の一撃を神像の喉元にたたきつける。
「硬い」「強い」「しんどい」
三者三様にコメントしてしまうのは仕方ない。
というか、マジ無理。このままでは押し切られる。
そもそも百八本も剣があって防げるのはファルコがいるからだが、彼も消耗が激しい。
「高司祭さまッ 代わりに戦ってくださいッ 」「む……り……かもです」青い顔で微笑む彼女に。
「結界、俺が張りますッ! 高司祭さまならロー・アースやファルコより強いでしょッ!? 」
「あなたに結界を張れるはずが」その言葉を待たずに彼女の隣に立ち、両手を広げて空に捧げる。
「女神さま。女神さま。俺の、わたしの声が聞こえていますかッ?!
妹さんの声が聞こえていますかッ どうして生かしたのだと怒っていますッ 悲しんでいますッ
貴女を失った悲しみに、貴女を殺した苦しみにッ! 」
震える脚を奮い立たせ、引いていく血流に激を飛ばし、逆流しそうな肺腑と胃液に叱咤して叫ぶ。
その答えはもう一面の『女神さま』の剣。
防ぎ切れない。無理。「チーアッ?! 」「てぃあっ 」「チーアッ さがりなさいッ 」
ごめん。三人とも。女神さま。人間の私が女神様に救われるならまだしも、救うなんておごたましいよね。
涙とともに閉じようとした私の瞳に。
大写しになったのは女性の綺麗な脚。「ごめんあそばせっ?! 」
私に殺到する剣を蹴り飛ばし、刃を手の甲で弾き、艶やかに微笑む女性。
「ジェシカ?! 」「……本当に無茶しますよね。チーア。後で説教です」
歩み寄る足音。
「我、神の名の下に汝と契約する。
我が傷と血を代償に汝は今後人を殺そうとする度に『三回廻ってワンと鳴け』」
勿論剣は鳴かない。
身体の傷から流れた血を軽く指先につけて唇をあて、気取ってみせる『神官長』。
年齢を感じさせない美貌と血まみれの戦場でも香る優しい空気の持ち主。
「カレンッ?! ジェシカッ 逃げろと指示したはずですッ」よろめきながら喀血をはじめた高司祭さまを無視した二人は。
「反撃開始ですね」「不思議ですね。この手で葬った筈の邪教の司祭の声が聞こえます。歳ですねぇ」
『神官長』と『持祭』は俺の前に立ち、一人は俺と共に手を広げ、もう一人は息吹と共に大地に両足を伸ばした。




