前編 エピローグ 橋の上のエルフ
断崖絶壁。曲がりなりにも歌や楽器を操る俺がそんな陳腐な表現をするのもアレかも知れないが、
俺は作曲や作詞は苦手だ。即興音楽や即興歌は得意だがアレは基本が出来ていれば問題ない。
どっちかというと作曲や作詞はロー・アースのほうが得意だ。あのツラで歯が浮くほど甘い甘い歌を平気で作れる。
絶壁の上にある吊橋は遥か隣の山まで続き、どうやって吊るしたのか極めて疑問だ。
弓矢だって相当な強弓でもそう届かないだろうに。
ごうごうと足元から強烈な風が吹き上げ、俺の肌を泡立たせる。股間がちょっと嫌な感じだが漏らしてはいないからな。念のため。
風の香りは周囲の精霊の声を届け、舌に広がるは怨嗟と祝福なる対極の感情。耳から入る風の音に瞳を閉ざせば、この橋の周囲で起きた悲劇が脳裏に映像となって浮かび、吐き気がこみ上がってくる。
『鎮魂歌』の呪曲を奏でるファルコに範奏をあわせ、
俺たちは橋を渡れなかった死者たちが橋を『渡る』のを手伝うことになった。
そうしないと、悪霊共が脚を引っ張ったり、橋に悪戯しかねない。
「願いは神々の祝福とともに天に昇る♪ 」「瞳に見えぬ天の輪から天の川を通り♪ 」
何でも空には目に見えない大きな大きな輪がある。らしい。
ファルコの妄言だと思うが、多くの伝承歌にも歌われている。
爽やかな春の風を思わせる香りと声無き喜びの思い。
死者たちが『橋を渡って行く』のを確認した俺たちは橋の点検を始める。
使えなければ話にならないが、一介の冒険者に吊橋の点検は面倒すぎないか。
「『彼』は死んだのですね」
寂しそうに微笑む少女はこの世の人間ではない。
「ええ。橋の守り神様」俺とファルコは少女に頭を下げるが、おそらくロー・アースには見えていないであろう。
肉体を失ったエルフの少女は橋の守り神となって周囲の信仰の対象になっているようだ。
「では、同族にあなたたちの願いを叶えるように取り計らいましょう」
少女の微笑みはエルフとは思えないほど表情豊かで優しいものだった。




