8 母が薪持って 母ポッポー!
で、化け物退治と。
考えてみれば純粋にバケモノを退治する羽目になったのは珍しい。
はじめてみるエルフ共は冷淡だった。伊達に『神』だのなんだのいうだけのことはある。
ツンケンしやがって。
橋の上に住み着いた魔物退治。
どうしてエルフが山の上の断崖絶壁の上にある橋の魔物を倒せとか言い出すのか謎だが。
「でもねね」うん?
「みんな『まぼろしのもり』さんみたいだったらどうおもうのの? 」……それはヤダ。
ファルコが横から突っ込む。そういえばコイツも一応エルフだよな。
なんでもファルコのようにこっちの世界で親の腹から生まれたエルフと、
彼らが所属する本来の世界である妖精たちの世界で生まれ、
植物の一部を基に受肉してこの世界で行動するエルフは明確に違うらしいが。
正直解らん。解りたくもないが。
「前者は神と呼ばれるだけあってかなりの力を持っている。
話によると男女の性別はおろか排泄口すらなく、食事や睡眠を必要としないと呼ばれている」ホントかよ。
「『ぎんのかぜ』の世話をしていたときは、
実際俺が食べさせるまで食事を取らなかったし睡眠もしなかったな」おい。マジか。
例によって『イルジオンの館』で飛んだ俺たちは深い森の中にいた。
このままこの小道を行けば、目的の村につくはずだ。
暗い暗い森は昼なお闇に包まれ、俺は光霊を、ファルコはたいまつを、ロー・アースはシャッターつきのランタンを構える。
エルフの森の中で、火の扱いは細心の注意を必要とする。彼らは気難しい。
それでもドワーフよりは短気ではないので、多少のことは見逃してくれる。
反面、怒らせてしまった場合は容赦がない。ドワーフなら一発殴られて、酒につき合わされてオシマイなのに。
夜なお暗い森に謎の生物の鳴き声。じっとこちらを全方向から見つめ続ける『視線』を肌に感じる。
俺の鼻が香りなき精霊の匂いを嗅ぎ取り、耳が彼らの声無き声を伝える。そして味だ。
森の中では人間の目より、肌、舌、鼻、耳。エルフの感覚が必要になる。そしてそれはとても疲れる。
「ロー・アース。お前も野外生活の訓練を受けているって言ってるが、こういう森は猟師の俺や妖精のファルコの言うことを聞けよ」
魔物より下手すればエルフは怖いからな。伊達に民間信仰の対象になっていない。
彼ら妖精は下手な神より恩恵がある反面、神より遥かに怒りやすい。
そう忠告すると「そうだな。流石に一日で一年過ぎるような目には遭いたくない」と彼は苦笑した。
彼らの魔法に囚われたら、そうなる。いくら不老長寿が人間の夢だといってもこういうのは嫌だろう。
「そういえば親父も言ってたな」
暗闇と、森の悪霊に警戒しつつ、軽口をたたく俺。悪霊避けである。
「森に帰るからと路を聞いてきたエルフに『まっすぐあるけ』と伝えたら、
数日経って狩りをするために森に入ろうとしたところ、
小さな樹の前に突っ立っている件のエルフをみかけて問いかけたところ、
『樹が枯れるまで待っている』といわれたのがお袋との出会いだとさ」
「……」「おもしろいのの! 」ふふ。そうだよな。俺も呆れたよ。
当時のお袋は気が長すぎるにも程がある。
その後、一緒に食事してみたり、眠ったり笑ったりする親父を見て興味を抱いたおふくろは、
こともあろうにあんなバカ親父と二人も子供を作ることになった。親父曰く『試しに作りたくなった』とお袋は言ったらしい。どんな変わり者だったんだろう。俺のかすかな記憶では優しいお母さんだったが。
「魔物を恐れる『夢を追う者たち』じゃないだろう。
私の知る君たちは、勇敢で、優しく、何より皆に希望と春をもたらす。そんな冒険者であり、私の友だ」
知り合いの伯爵家のボンボンはそういって俺たちを送り出してくれた。
臆病なファルコの驢馬が指し示す方向を俺たちは辿る。
この驢馬、ちょっと色々不可解でおかしいけど妖精の驢馬だしなぁ。
「まぁお前も一緒か。シンバット」俺はもう一人の相棒である白馬に話しかけた。
白馬はまるで同意をするかのように軽く嘶いた。




