1 お風呂と美女の新名所。オープンですッ!
「うっせえぇえええっ!!!!!!! 」
俺は同僚にからむ彼らに生卵を投げつけ、ついでに売り物のゆで卵をぶつけた。
「二度とくんなぁぁあああっっ!!!!!!!!!! 」
物凄い勢いで逃げていこうとする二人組に岩塩の塊を投げつける。彼らは昏倒した。
もうもうと昇る湯気が心地よい。
そう。突貫工事にコネを駆使した俺たちは遂に古の公衆浴場を復活させる事に成功したのだ。
だがなぁ。俺はため息。
湯気の香りが鼻を通って喉に入ってくる。どこかで沸き立つ湯の音が肌に刻まれたお風呂の心地よさを思い出させてくれる。何より美女と風呂というのは見た目も良い。良いのだが。
あっちではミズホとミナヅキの二人がおっさんに絡まれている。助けにいかないと。
あ。なんでリリがいるんだ。風呂に近づくなって言ってるだろうが。お前が近くにいると周囲がヤバい。
リリ。GJ。最近アイツの毒は比較的マシになってきたな。
ジェシカとモニカ、戦神神殿のアンやカレンが通りかかったので挨拶。
だがなぁ。
高司祭さま、なんで売り子やっていらっしゃるんですか。ああ。凄いあしらい上手。
だがなぁ……。
俺はため息をついた。
女子供が露店をやっているからっていくらなんでもナメすぎだろう。
「大丈夫か? アンジェ」しゃがみこんでいた同僚の神官に声を掛けると彼女はニッコリ笑ってくれた。
「うん。大丈夫~♪ 」チーアはやっぱりカッコいい♪ 前とかわらず俺に抱きつくアンジェ。俺、女なんだけどなぁ。
「でもね。今月に入って3度目だよ? 」はい。自覚しております。またやってしまった。
「で、またクビなのね」「ファルコじゃないけどはんすうしてます」
「牛じゃないんだから……もう」アンジェは苦笑い。
「あと、私、チーアより強いんだけど? 」知ってる。でもほうっておけないだろ。
「チーア君。アンジェ君」
ニコニコと笑う『猪狩亭』の親父に俺たちは頬を引くつかせる。
「クビ」
俺たちはがっくりとなった。
遠くでマリアとレティシアの景気の良い売り込みの声が聞こえる。
……。
……。
「はぁ。俺らだけ今月もまた赤字か」「ふふ。私はチーアと一緒ってだけでうれしいけどね♪ 」
俺達二人は慈愛神殿の入り口にある階段でクビになった腹いせにかっぱらってきた売り物のゆで卵を食べている。
冬と言えば曇天だが、今日は珍しく青い空が少し見える。相変わらずとがった耳を切り裂く冷たい風だが、『"彼女"』に悪意はないしなぁ。
階段の上で思索に耽っていた俺に身を寄せて抱きつく者がいた。
「うーん。やっぱチーアの茹でた卵は一味違うなぁ」勿論アンジェだ。
ああ。ミリアのお父さんの領地の皆さんが育てた特殊な鶏が産んだ卵は一味違うらしい。数も多く産む。
「茹で方にコツがあるんでしょ?」うん。茹で汁の味と香りがほのかにつくんだ。
「あ~あ。お小遣いためたら、グローガンになんか買ってあげたいのに」お前らまだ付き合ってたのか。
「当然♪ 玉の輿よ♪ た ま の こ し ♪ 」
楽しそうに立ち上がっておどけてみせるアンジェ。意外と仲良くやっているらしい。
というか、お前元々一晩一万銀貨だろ。もっといい玉の輿先あるだろうに。
アンジェの見た目は俺より幼い。
でも我が慈愛神殿屈指の『格闘術』(主に取り押さえ)と拷問術の使い手だったりする。
「あら。チーアさん。じゃまですよ?じゃま♪ 」……こいつの嫌味はなんとかならんのか。
容姿は並みだが髪や服装の手入れはしっかり。
俺たちの前に姿を現したヤツ。
若干だらしないが男好きのする体つき。笑顔『だけ』は最高のもう一人の同僚。名前はマリア。
「今日も私達の組は売り上げ一番! ですわっ」からかうマリアに仏頂面で無視を決め込む俺達。
慈愛神殿と正義神殿、各ギルド、貴族たち、街の皆さんの出資(ふぁうんど? とかいうらしい)で出来た『大規模浴場』は連日大盛況。特に慈愛神殿の美女が売り子を務める露店はかつてない臨時収入を我が慈愛神殿にもたらした。
お陰で孤児院の増設に成功した。いいことだ。
「あら。美味しい♪ 」勝手に俺達の横に座って卵を食べだすマリアを俺達二人は睨んでいる。
「こんなに美味しいのにまたクビ? 」うっせぇ。
浴場施設内部は商業許可証と関係なく露店が出せる。かわりに維持管理を行う慈愛神殿にみかじめ料……もとい寄付金を払えばいいだけだ。
勿論、美女揃いと評判の『店員』を雇うことも可能である。
と、いうか、むさいオッサンより、格安で雇える美女のほうが良いと殆どの露店は俺達神官がやっていた。
信心はどうした。お前ら。神官長のカレンが嘆いていたぞ。
ひゅうひゅうと風の音に何処からか漂う料理の香り。
「平和ですねぇ」「ああ」「またクビ~」すまんかったって言ってるじゃないかっ! アンジェ!
「この平和が続けば良いのに」「だねぇ」マリアとアンジェと俺のつぶやきが冬の寒風渦巻く空に消えていった。




