10 見守る者達
ごうごうと燃える炎。パチバチと爆ぜる音。
それらから護ろうと骨も折れるかのように抱きしめる父の匂いと肌の暖かさ。
「二度目の侵入者どもは『夢を追う者達』のように手加減してくれなかったな」
これでも警備を強化したのだがと自嘲気味に嘆く父にミリアは何も答えることは出来なかった。
絶縁した親子の仲を取り持ったのは意外なことに元暗殺者の少女だった。
ミリアの知るウェイトレス。その実は賢者に頼んで貴腐のふくらみの原因となる物質の開発に成功した二人は、それを持ってミリアの家を訪れてこう告げた。
『欲しければ父親と共に聖夜を過ごせ』と。
聖なる夜の祭りから新年の祭りに至るまで、『車輪の王都』は上も下ものお祭りになる。
多くのものは家族と新たな年を迎えるためささやかな宴を交す。
家族の居ない冒険者たちはお互いを家族として郊外の森にある冒険者の宿の前でバカ騒ぎを行い、
各宿やパトロンたちの出資で地水火風光闇の6日に渡る一週間を過ごす。
今年に限って言えばその宿は襲撃を受けた後だったので彼らは冬空の元での宴会となったが宴自体は例年を越える暖かいものとなった。
この日は絶縁した友人や恋人であっても出会った場合、聖なる夜を祝いあわなければいけない。
政敵もこの日だけは盃を交し合う。戦乱もこの日だけは止まる。
この平和を持って世界そのもの、神々への感謝の気持ちとする。
そんな聖なる夜に。襲撃があった。
無粋で忠誠心厚い警備犬たちには聖なる夜は関係ない。
優れた嗅覚と人間には決して真似できない反射神経と速度を持って敵に挑むが、
その嗅覚が仇になることは『前例』が証明している。
勿論、それを補う魔導兵や光線目玉も用意していたもの、それらの配置場所は巧妙な調査によって無効化されていた。
加えて、襲撃者たちは『この世界の』常識や文化や歴史を尊重する心というものを持ち合わせていなかった。
独善。『彼ら』を一言で表すならばそう表現できる。
劣った文明と文化を持つ者達を優れた文明と文化で覆い尽くす。
古来より我々の世界ではよくあった考えではあるが、世界を統一していた魔導帝国の歴史を汲むこの世界では珍しい。
襲撃の可能性については誰も考えていなかったわけではなく、
むしろ昨今の事情を考慮してより警備を増していたのだが、その警備の強化が惨劇をより深いものにした。次々と警備の者達が倒されていく。
無念の声をあげる名もなき兵たちはこの仕事が終われば家族と平和な聖夜を過ごす予定だったはずだ。
『敵』の一人ひとりは人間離れした動きと圧倒的な力を持って彼らを凪ぐ。
兵たちに幸いしたのは敵の目的がたったひとりの男だった事実に他ならない。
『彼ら』とて無駄な血を流すのを好まない。独善ゆえに彼らの目的は一つだった。
『彼ら』の邪魔者。異界の技術の流入を防ごうとする男。オルデールの首をとる。
それゆえに兵たちは必死で『彼ら』を妨害し、『彼ら』もまた容赦をしなかった。
手を捥がれ、足を捥がれた兵士たちはそれでも主君を護ろうと足掻く。
そんな兵たちに嘆息した敵達は彼らに瞬間移動を使って慈愛神殿や戦神神殿に搬送。
今だ姿の見つからぬオルデールを倒すべく屋敷に火を放った。
「オルデールを倒せッ 」「娘も逃すなッ 」
襲撃者たちの声が火の粉から逃れる親子の耳に届く。直にこの隠し部屋も見つかるはずだ。
「すまないな。ミリア。全て私の所為だ」弱弱しい声を放つ父の頬にミリアは手を伸ばし、告げた。
「いいえ。御父様はいつも私のため、領の皆様のために。自分の事は考えず」
「『いい人と呼ばれるくらいなら有能な領主であれ』」親子の声が響く。
「私は、いい人と呼ばれたかっただけ。そして自らを道具とする身が耐えられなかった我侭娘ですから」「私はそんな君を愛した。あの時、私も冒険者として仲間と旅立っていたらと思うよ」
炎と煙の中、ミリアの瞳が大きく見開かれる。
「御父様は冒険者だったのですか」「すこしの間だけだ。懐かしい。300年ほど前の話だがな」
三百年。人間の寿命ではありえない。驚愕に見開かれるミリアの瞳に自嘲気味にオルデールは笑う。
「六人の英雄は神の力を得て不老不死となり、王国を見守る」「そ、それは神話で、建国の英雄談にすぎません」
聞け。ミリア。
オルデールの瞳が愛しい娘に注がれる。
「『滅び』を退けた大いなる魔の王たる神々は去り、小さき亜神のみが残り、
魔の王なき世界に再び『滅びをもたらすモノ』が近づこうとしている」
それは伝説だ。酒場の肴に過ぎない。そのような『人間』の浅ましい反論を父は許さなかった。
「魔を打ち砕くもの、希望をもたらす者がいる。
悪を持って悪を滅ぼし、絶望と共に生きて希望を示す星となる。
悪の泥にのたうちつつも善の大地をあきらめず、死の汚泥に抗い命の光を絶やさず進むものがいる」
炎と煙に加えて扉を激しくたたく音。
親子が隠れる部屋が見つかったらしい。
次々と血に染まった剣を持つ男や女たちが親子の前に姿を現す。
「見つけたぞ。オルデール。残り五人もタダの人間に戻してやろう」
「この娘だけでも助けてくれないか? 」「その返事はノーだ。貴様の神性を受け継いでいる」
剣士は剣を振り上げて呟く。『伝説は神話に……』
風が吹いた。
冬の精霊の加護。風と冷たい雪が炎を消し去る。
「あ~あ。とんだ無粋な聖夜だよな。ロー・アース」
「へんしんッ 」
因果律に愛されし妖精族の奇跡か、次々と男たちが吹き飛ばされて行く。
ぼりぼりと嫌そうに頭を掻くものが歩む。無気力。無関心。無責任。
そんな雰囲気を纏う青年は微笑みもせずに一度に襲い掛かった敵を巧みな二本の剣で防ぐと同時に魔術と共に切り伏せた。
「来たか」オルデールは微笑む。彼らと出逢うために彼らは生きてきた。永い時を越えて。
次代の光となるものを。彼らの後継者を。
「何者だッ?! 」男たちが叫ぶ。
「魔を打ち砕くもの。其は『妖精の騎士』」
オルデールの口元が、猟師小屋の炎の前で微笑む猟師姿の男が、空高き塔の上で寒風に目を細める老人が。
剣と魔術を極めたとされる名君が。空の彼方にいるもの、遥かな地にて氷雪の中に閉じ込められたエルフの娘が同じ言葉を紡ぐ。
小さな身体を推して敢然と挑む少年。二刀を構えた剣士。黒き髪の少女は叫ぶ。
「俺たちはッ 『夢を追う者達』だっ!!!!!! 」と。
「悪霊を呼ぶという噂のッ?!」
色めき立つ男たちに三人の若き冒険者たちは叫び返した。
「『余計なことを言うなッ?!!! 』」と。




