8 チーア(一人称。チーア視点)
俺は幽霊が集まっているかのような家を見て眉を顰めた。
ミリアは精霊に好かれる気質らしいが、そういう人間で精霊使いにならなかった人間は時として悪霊を招きやすい。
早くも瘴気を放ちだしている彼女の家のドアをたたく。
「おーい。ミリア。ミリア。いるだろ。いれろ」ダメだ。返事がない。
親友にして従姉妹の婚約者を殺した暗殺者は年端もいかぬ子供だった。
その子供を操っていたのは自分の父と知ったミリア。心中余りあるが。
「これは不味いだろ」
状況は芳しくない。思案する俺に。
「誰が不味いですって? 」いるじゃん。
「どうせ私の作るクッキーは不味いですよ。チーア。父や侍従長が雇った方が褒めていただけです」
はぁ。
とりあえず窓をぶっ壊して入ることにする。代金はオルデール家に必要経費として請求しておこう。
「いや、お前の作る不味いクッキーがないと腹へって死にそうだ」「うそばっかり」
寝台の上の豪奢な寝具に包まって悪態をつく彼女を見ると頬が痒くなる。俺が一歩踏み出すと彼女が大きく跳ねた。
「それ以上近づくなッ 下賎のものがッ 」はぁ。お前おかしい。
まぁ、悪霊がウヨウヨ集まってきているので、多少態度が変なのも理解できるが。
「今はファルコもピートもいないんだが」
その言葉に彼女は震える。ファルコは親であるミリオンとアップルに連れられて何処かに行っちゃったし、
ピートもまた母親と用事があるとのこと。
少々意地悪なことでも言えばいいのだろうか。女の扱いは難しい。俺、女だけど。
「襲われたくなかったらクッキーを焼け」「どうぞ」
その代わり隙あれば舌を咬んで死にます。とミリアは続ける。面倒なガキだ。
しかたない。俺は床の上でファルコの真似をしてジタバタしてやる。
「腹減った! 腹減った! ミリアの不味い飯が食えないと俺は死ぬ! 舌を咬む前に俺の舌を満足させろ! させろ! させろ! 」
布団の奥から冷たい目で睨む娘は少しだけその瞳の温度を上げた。
「そういうことなら、代わりに何か作ってください」
俺はその言葉を聞いてニヤリと笑った。悪霊共が舌打ちをしながら去って行く。
体中についた埃を払い、「お前、何日掃除していないんだ」と悪態をついてやる。
「二日くらいでしょうか」「汚い。お前の涙と涎だらけの不景気なツラみたいだ」
瞬間、またも表情を変えた彼女に俺は啖呵を切ってみせる。
「怒りますか。怒りますか。貴族さま。それなら是非手打ちにしてくだせぇ。
斬って赤い血が出なければ御代はイラネェ」
貴族の血は『青い』血だということにかけた冗談。
果たして彼女の怒りの表情は。怒り、泣き、絶望に震えていた彼女の表情は。
俺に対するあきらめ交じりの笑顔に変わっていた。




