3 精霊に愛される娘
香ばしい風に惹かれ、精霊たちがやってくる。
大気に僅かに含まれる水気とその精霊たちの微笑みに見守られ少女は竈に火をくべた。
小さな炎の精霊の子供は膨れ上がり、薪に舌鼓する炎の精霊は愉しそうに竈で歌いだす。
「味はさておきレンバスを作れるなんて」「意外だな」兄妹は驚きの表情でレンバスをつくりあげた少女を眺めた。
「凄いでしょう。エフィー=ネイ様」「……認めざるを得ないわ」
エフィーはミリアと呼ばれたそばかす顔の少女の胸を見上げた。こちらはエフィーに対して年齢の割には小さい。
「ナッツを入れてみたクッキーがあるのですが。一口どうでしょうか」
歳相応の恥じらいと微笑みをみせてミリアはエフィーに声をかけた。
「たべるっ 」こちらも歳相応の反応を見せた。
「うーん。美味い」「ミリアちゃんはクッキー屋さんになれるね」「クッキー屋? ですか? 」
住民たちはミリアの焼いたクッキーに舌鼓を打つ。この世界では甘味をクッキーにつける習慣がない。甘味が貴重なのだ。
保存のため硬く焼かれたクッキーはけして美味しいとは言いがたく、
酔狂なものが塩だのナッツ類、ある種の苔を混ぜるのが精々。
そこに豪華な材料を惜しみなく使ったクッキーは酒の当てとしても話題の肴としても素晴らしいものであった。
慇懃無礼な少女がらしくない。
おずおずとしながら、褒めてもらいたい。そんな様子を見せるのが住民たちにはほほえましい。
気付かないフリをする住民たちに意を決し、彼女は新作を披露した。
「これ、なんですが。男爵様が蜜をくださいましたので」少女がそのクッキーを住民に披露する。
ひと口食べたみなの表情が変わった。
「うまいっ?! 」「甘いクッキーっていいねっ! 」「これ、傭兵時代に食べたかったな」
「美味しい」エフィーはそのクッキーを口にして素直にそう評した。これは兄を取られるかも。
その兄は何の感慨もないかのようにクッキーを頬張るが、エフィーの優れた視覚は彼女の兄が二つ目に手を伸ばしたのを捕らえていた。
「美味しいですか。男爵さま」「うん」
振り返ったロー・アースの頬は栗鼠のように膨らんでいる。
噴出したミリアとエフィー。住民たちの宴会の嬌声が続く。
数日後、ミリアの『ごしゅじんさま』の友人を名乗る男がやってきた。
「居候の娘にクッキー屋を開かせたい。出資しろというから来て見たら」
ロー・アースの友人。伯爵家の跡取り息子は呆れた表情を親友に見せた。
「君は公爵家の三女を事実上袖にして、政敵の一人娘を囲うほど偉くなったのか」
ワイズマンは呆れた表情を冷たい視線に変えて親友をにらみつけた。
「それならうちの妹をもらえ。今すぐだ」その目は笑っていなかった。




