2 レンバス
「この妙な食べ物はなんですか」結局、アパートメントに居つくことになった少女。
「レンバス。の模倣品だ。一口で七日もエルフは食事せずに済むらしい。
現在同じものを作ろうとしているのだが、なかなかな」「そうなんですか」
少女は「作ってみます」と呟いたが、ロー・アースとエフィー=ネイは軽く受け流していた。
「おはようございます。男爵様のメイドのミリアと申します」
住人に挨拶しながらアパートメントの掃除を慣れぬ手で行う少女。
ロー・アースは頭を抱え、エフィーの木靴は彼の革靴を踏みしめていた。
木造だが複数の板を組み合わせ、夏も冬も快適な温度を保ち、
魔導強化した水晶で出来た『窓』をもつ大きな建物は見方によってはとても大きな館に見える。
そもそもこの世界に『窓ガラス』は存在しない。硝子はドワーフの作る不思議な宝石という認識だ。
ボロボロの木造家屋に見えて各種の精霊の加護を持ち、手入れは酷いが大きな庭もある。
「ええと。ミリア……さんと仰いましたか」「ええ。メイド長様」
メイド長と呼ばれた黒髪の女性は箒を常に持ち歩きエプロンドレスを着ている。メイドに見えない事もない。
「ええと、私は管理人でキョウコと言う」「メイド長様なんですね」
丁寧に見えて慇懃無礼な娘にこのアパートメントの管理人であるキョウコは苦笑い。
「コダイ様。掃除終わりました」キョウコの夫にして魔導士である青年に丁寧に頭を下げる少女だが。
「……」「……」管理人夫婦は絶句。
雑巾を嫌そうに指先でつまみながらぺちゃぺちゃと床だろうと布だろうとたたきつけ、
箒は床どころか衣類にすらかける。ハタキと間違えているのであろう。あちこちに箒で倒したと思しき物体。
余計散らかしていて、それはそれは酷いできである。
「ミリアちゃん」「はい。メイド長様」「やり方を教えるから、じっとしておいて」
「下賎のものに指図されるいわれはありません」ミリアは平然とキョウコに言い放った。キョウコは「はぁ」とだけ呟いた。
温和な性格のキョウコだったので助かった。これがチーアならひと悶着あったはずだ。
ちなみに、キョウコは元々は王族に仕える騎士だったのだがそれをミリアは知らない。
「これが終わったらお茶にしよう。ミリア君」
コダイは苦笑いするとミリアが掃除と称して破壊したり汚したものを魔導の力で次々と治していく。
「コダイ様は貴族なのですかっ?! 」ミリアの瞳が驚きに染まる。その質問に「傍系だけどね」コダイはそう応えたが。
「なんだ。卑しい血の人なんですね。でもすばらしい力です。御父様にも迫りますよ」
それを聞いて気弱で優しい青年は色々思うことがあったが、特に何も言わなかった。
コダイに限らず優しくて気のいい連中である住人たちはミリアの慇懃無礼にも寛容であったが、
ロー・アースとエフィー=ネイ・ル・アースの兄妹は自称メイドの後始末に追われることになったのは言うまでもない。
エフィー=ネイは早々と決断した。
いくら兄に性欲が無いとはいえ、若い娘が自分たちと同じフトンに入ってくるのは耐え難い。
「出て行って」そういおうとしたところ、少女は何かをペースト状に加工している。
「あ。エフィーさん。出来ましたよ」満面の笑みをそばかす顔に浮かべ、エフィーに微笑む少女は女性の目から見ても魅力的。
何かが焼ける香ばしい香りに舌に感じる魔力の感覚。
エフィーは曲がりなりにもエルフの一族。人間には感じぬ音を聞き、姿を見ることが出来る。
共同炊事場にいつも以上の精霊たちが愉しそうに舞う姿が彼女の瞳には映っていた。
確かに炊事場には精霊が集うが、この数はありえない。
「これは。どういうこと? 」精霊に愛される性質の人間は少ないが存在する。
多くは精霊使いに見出され、精霊使いとして魔法の訓練を受けるがそうでないものもいる。
まさか、この娘がそうだというのか。幼い少女は訝しげに自分より背の高い『大人』の少女を見あげた。
「レンバス。です」「え」
あの模倣品は兄が昔所属していた傭兵団が苦労の末に開発したもので、見ただけで再現できるはずがない。
「どうですか。美味しいですか」「まずい」
味は最悪だが、それはまちがいなくレンバスと同じ機能を有していた。
「あなた。何者? 」「それは言えません」華やかに微笑む少女は『貴族』の気品を有していた。




