エピローグ ここが君の家だろう
「ごめんなさい」「わかればよろしい」
胸を張って勝ち誇るアキに俺は正座という罰を食らっている。
子供たちは流石に免除されているが、店主の息子は俺たちに付き合ってくれて座っている。
と、いうか。店主の息子のイーグルとファルコは外見上の見分けが身長以外にほとんどない。
状況を説明する。
若干前後するが、俺たちの放った矢は周囲の空気を震わせ、轟音を放って射出された。
音速を超えた矢は周囲の空気を巻き込み、焦げた臭いを放った。
「ナニコレ」
俺、『しのぶくさ』と『わすれぐさ』。イーグルは眼前の光景に唖然呆然。
銀で出来た矢は周囲をかっ飛ばし、複数の人間で引くことでそれてしまった矢は衝撃波だけで燃える宿の屋根を破壊。ついでに業火まで消し飛ばしてしまった。
「チーアネェちゃん。俺、夢でも見てる? 」「夢だと信じたい」直撃すれば即死どころではない。
「……」腰を抜かしている男に弐射目をセットして呟く。
「降伏してくれ。マジで」男たちは即座に『風』の服を脱いで白旗代わりにした。
……。
……。
「バカ親父。説明しろ」「その弓は竜殺しの弓で、王国中の金貨を集めても買えない価値があると言ったぞ」ホラ吹きの癖にガチなこというなっ?!
取れて潰れていた親父の指は気合でなんとか元通りにしたが、元通り指が動くまではもう少しかかるはずだ。
「ガウル様ッ 」……ええと。人の親父で、妻もちなんだから離れろ。
って。言いたいけど、勘弁してやるよ。『かぜをおるむすめ』
「とおちゃん」「ガウルさんっ」
抱き合う親父と半妖精の母子。よかったな。
俺は踵を返し、アキに王国大金貨と正義神殿の為替が大量に入った袋を渡す。
「?? ……ちっ?! チーアッ?! 」「修理費と、子供たちのメシ代にでも当ててくれ」
あの幸せそうな笑みを見たら、俺は要らない子だろう。冒険者を続ける理由もなくなっているし。
「世話になったな。ロー・アース」一年近くリーダーをやってくれた恩人にあえて頭を下げずに。
「ちいや。何処に行くの? 」膝に抱きついて止めようとする相棒の頭を撫でてやる。
「もう、冒険者やる必要もないし、親父には新しい家族がいるみたいだしな」
私みたいな乱暴娘が一緒にいたら迷惑でしょうしね。
「達者でな。ロー・アース。ファルコ。今までありがとう」
半壊した宿を修復する皆に気取られないように俺は森を出ることにした。
兄貴やお袋を探すのは俺一人でいいしな。
鼻歌を歌いながら簡単な旅装で森を出た俺は妙な光景を目にした。
「あれ? 」まっすぐ歩いたはずだったんだが。
煙を煙突から昇らせ、美味しそうなシチューの香りが俺の喉と鼻を刺激する。
冬場だというのに優しい森の緑色が目を撫で、何処からか小鳥たちのさえずりが聞こえるその宿。
半壊した宿が、何事も無かったかのように俺の目の前に。
「どうなっているの? 」
宿の扉の前にはエイドさんとアーリィさん。息子のイーグル。
ウェイトレスのアキとその母の薬草師のメイ。
上下階のテラスの上から、ロー・アースとファルコ。
レッドやフレアやバドやシルバーウインド。宿の連中が手を振っている。
「何処に行くのですか。チーアさん。ここはあなたの家でしょう」
優しく微笑む『かぜをおるむすめ』と、両脚に絡み付いて離れない『しのぶくさ』。
「ま。いっか」俺は苦笑いし、宿の中に。「引っ張るなよ。『わすれぐさ』」
「修理、手伝わないって無いよ」彼に叱責されて俺は頬を掻く。
冬の風に凍った鼻に、暖かな料理の香り。
冷たさにひび割れた耳に愉しげなざわめきと音楽。
瞳に映るのは人々の微笑み。舌をうつべきは幸せの味。
「私たちは」『しのぶくさ』が微笑んだ。
「『夢を追う者達』だよね」『わすれぐさ』が続く。
ああ。そうだな。
もし、郊外の森に不思議な不思議な宿をみかけたら。
ちょっと入って馬鹿な騒ぎの中に紛れてしまうのも悪くはない。
きっと、君の涙は何処かに行ってしまうから。
ただし。余計なトラブルは自己責任で。
(Fin)




