9 おとまり
凍りそうな冬の風をその珍妙な形状の木造建築は上手い具合に防ぎ、窓に嵌った水晶はその部屋に冬場とは思えぬ光を与えてくれる。
小さな部屋一つしかないそのアパートメントに俺と子供たちとファルコ。そしてロー・アースの都合六名。
「粗茶が入りました」入りましたって入れてるのは君だろう。
そう指摘すると黒髪のエルフの少女はニコリと笑ってみせた。やっぱり兄貴とちっともにていない。
足元の草で出来たマットなのか板なのかカーペットなのか謎の床しきは思いのほか快適だ。
靴を脱げというのが理解不能だったが、何処でもベッドの上のようにくつろげるのは革新的だと思う。
「お兄ちゃん。今日はファルちゃんたち泊まっていくよねっ 」ウキウキとしているのがこちらからでも解る。いい子である。
ただし緑色の茶はファルコが淹れた方が旨い。とおもう。
「とまっていてもいいのっ 」『わすれぐさ』が嬉しそうに叫ぶ。
うん。エフィーは美人だからな。歳も近い。
「もう。ユリったら。迷惑でしょ。……お世話になります」
泊まる気満々じゃないか。『しのぶくさ』。苦笑するロー・アース。
「チーアさんも。泊まりますよねッ 」いや。さすがにあのケダモノと『かぜをおるむすめ』を二人っきりに出来ないと言うかなんというか。
そう伝えるとロー・アースの妹のエフィーは残念そうにうつむいてみせた。
「特製のお菓子があるのですが」お菓子?
彼女の小さな足が変なマットだか床だかわからないものを踏みしめなおし、彼女の身体を後ろに向ける。
「海草を煮込んだ粘り液でミルクを固めて、蜜で甘みをつけて、ドライフルーツを少々」……。
旨そうだな。というか作り方に凄く興味がある。
「是非、今後の参考にするために。もといお世話になります」「くす」
振り向きざまに見せた華やかな笑みは子供とはとても思えない。エルフって人形めいた美貌の持ち主揃いなんだがこの娘には当てはまらない。よく笑いよく顔をしかめよく悲しそうな表情をする。
「てか」俺はロー・アースの顔をマジマジと見てしまう。
「泊まる……」いや、このアパートメント、風呂一つ無いよな。無いのが普通だけど。
飯は。炊事場共用だな。よくあるけど。
この部屋、本来あるべきものが無いのだが。
「ベッドが。無い」「予備の布団ならある」「フト、ン? 」「寝具だ」
嫌そうに俺を見るロー・アース。いや、戸惑っているんだな。うん。コイツの表情ってわかりにくいが。
「わーい! お泊りだぁっ! はしゃぐ子供たちに複雑な気分の俺たち二人。
『しっかりやれよッ ガハハッハ』
俺たちの脳裏に親指を『グッ』と突き出し、
『かぜをおるむすめ』を片手に抱いたイケメンな笑顔を浮かべる馬鹿親父が映った気がする。
子供たちは驚愕の事実をペラペラと喋っている。
「ガウルさんがチーアさんたちを泊めていいかっていうからビックリしたけど」へ?
「お母さんがロー・アースさんのおうちにお世話になれって」「お願いします」はい?!
爽やかな笑みを浮かべながら炊事場に向かう少女。
「お兄ちゃんが聞いていないとかいうからびっくりしちゃった」俺だって聞いてないぞ。
俺に黙って小さな手紙をおずおずと差し出す女の子みたいな顔の男の子。ユリこと『わすれぐさ』。
「お、俺字は読め」「『しっかりやれ。避妊は根性だ。おめでただったら今度こそ結婚式だ』なのの」
横から手紙を読んだファルコはそう告げた。
真っ青になる俺とロー・アースを尻目に。お泊り会の準備は着々と子供たちだけで進行していく。
あっ あっ あの馬鹿親父ィ……。
「おいしーのっ! 」
無言で子供たちに悟られぬように怒りに震える俺たちの横。
ファルコが謎の『お菓子』に舌鼓をうち、子供達二人がおずおずとそのお菓子にスプーンを差し出す。
その表情が不安から戸惑い、そして徐々に歓喜に変化していく。
「おいしっ!? 」「美味しいですッ 」「うふふ。お兄ちゃん直伝ですから」
誇らしげに胸を張るエフィー。歳の割に何故か少し胸がある。
「チーアさんもどうぞ」自信まんまんだな。食い物には五月蝿いぞ。俺は。
……そんな大騒ぎするほど旨いか? この不気味な物が。
俺もそのプルプル震える白いスライムもどきの不気味な食い物(?)を口に含んでみた。
あ。
うん。
これ……。
「おい……しいわ」「でしょ? 」
勝ち誇るエフィーに私は苦笑い。
濃厚なミルクと爽やかなフルーツの香り。つるつるとした喉こし。
こんなスィーツは食べたことがない。一番近い食い物は『ゼリー』だけど。
ミルクをゼリーに使うのは聞いたことが無い。
そしてゼリーを固めるレシピは門外不出の秘伝のはず。
「まだまだお兄ちゃんは渡しませんよ~ 」そういって笑う彼女に苦笑い。
「もう一つ、もう一つ~」はしゃぐ『わすれぐさ』と『しのぶくさ』にエフィーは胸を張る。
「実は出来てますッ 」なんでも冬場のほうが美味しくできるらしい。
その様子を見ながらロー・アースが苦笑いしている。
「お前、金あるのになんでこんな部屋に住んでいるの? 」「まぁ色々」
窓際には大きな机、扉の奥は収納庫。そして巨大な本棚に大量の薬品や魔導書。
家具より本のほうが多いのは魔導士らしいといえばそうだが。
あと一角を占拠しているのは物々しい武具。まぁ武器も使うしな。
それらを魔法のように収納庫に片付けるロー・アース。なんでも危険な薬物や魔法の品があるらしい。
日が暮れてくるとヤツが魔法の明りを出す。
「魔法だッ 」「魔法だっ 」「わーい。ろーの明りだっ 」はしゃぐ子供達。
呆れているのは俺とエフィーだけ。忘れていたが、この子は精霊魔法が使える。
「光るぞ~? ひかるんだぞ~ 」キャッキャとはしゃぐ子供を光のついた小石で追い立てるロー・アース。
意外と子供の相手得意だよな。コイツ。ファルコまで一緒になって騒いでいるのはどうかと思うが。
騒ぎに騒いでいると『ドン』と壁をたたく音がした。
「シー」「シー」口に指をあて、『黙れ』と仕草で表す兄妹に。
「しー? 」「シー」「しぃ 」「しぃ。なのッ? 」思わずウケかける俺たち。
「今日は腕によりをかけましたっ 」「俺の炊事当番なんだが」「お兄ちゃんは家主なんだからじっとしてて」
軽く妹ににらまれてすごすごと座るロー・アース。どっちが家主だ。
夜が深け、精霊の声が聞こえ、風と氷の精霊が喜びの舞を舞う。
人々は帰路を急ぎ、口から白い吐息を吐き出すが。この小さな部屋は暖かく。騒がしい。
「そろそろ、寝るぞ」「はぁいっ!! 」子供たちとファルコは一斉に喜びの声を上げるが。
「チーア。お前はそっちだ。はみ出ると風邪を引くぞ」フトンとかいう夜具に身を入れてみると。
「あったかい」奮発して買った二枚重ねの毛布よりあったかい。なにこれ。
「これ、木綿? 」中は羽毛と羊毛っぽいが。「ああ」コイツ、変なところに金かけてねぇか。
粗末な見た目の夜具は死ねるほど高価らしい。
光のついた小石を小さな覆いで隠し、少しだけ洩れる明りでロー・アースが本を読む。
「今か昔かいずこの国か。誰も知らない物語。あるところに鴉が住んでいました」
からす? 『しのぶくさ』が首を傾げると『わすれぐさ』が「ほら、黒い不気味な鳥だよ」と補足。
「魔導士の使い魔なのの」ファルコは結構博識だ。
俺はカァカァと五月蝿いとか妙に賢い鳥と言う知識しかない。
「あ、でも喋るヤツがいるって」「それは九官鳥なのの」よくわからん。オウムじゃなくて?
「オウム以外にも喋る鳥がいるそうですよ。チーアさん」子供に知識で負ける俺って。
絞った明りの中、『フトン』の暖かさと心地よさに悶えるように喜ぶ子供たちは少しでもロー・アースの持つ本に近づこうとする。
「ほら、はみ出るな」苦笑するロー・アース。「だって」「だって」子供たちはそういう。
配置的にはロー・アースの隣はファルコとエフィー。それを挟むように二人の子供。俺はとおく別のフトン。
「鴉はなにもしていないのに小石をなげられ、呪われろと叫ばれる自分にうんざりしていました」
「からすってどろぼうするよね」「からすって声こわいよね」「からすってこども苛めるって聞いた」
その言葉に苦笑するロー・アース。
「そうです。鴉は自分が何故嫌われるのかあまり考えていませんでした。
でもずるがしこくはあったので、少し考えてこう思いました」
「どんなこと? 」「どんなどんな? 」「どんなこと? 」「今日はどうするの? お兄ちゃん」
どうも本の内容はアドリブ混ぜて喋っているらしい。
そういえば、こいつ物語を作ることが専門の詩人だったっけ?
ロー・アースの語りは感情が篭もっていて臨場感がある。俺でもついつい耳を傾けてしまうほどだ。
こいつ、こんなに感情豊かに喋れるなら普段そうすればムカつかないのに。
「ぼくは色々なことを知っている。このことを人に伝えたら喜んでもらえるかなぁ』鴉はそうおもったのです……」
夜がふけていく。エフィーが作ってくれた特製のお菓子の味とレシピだが。
結局ほとんど覚えておらずもう一度教えを請いにいく羽目になったのは言うまでも無い。




