2 砒毒
「はぁ?おいおい。そりゃネズミを殺せる以上、毒にはちげぇねえが」
『藍銅鉱』は面食らったような顔をしている。
「俺に他の仕事をしろと?せっかく窯を作ったのに」
言い分はもっともだ。彼にも生活がある。だが。
「ああ。多分、窯も既にヤバイ。慎重に壊せ。
水につけるな。丁寧に運べ。ホコリを吸うな。
二重三重の布で口と鼻を塞いでから作業しろ。
……間違っても他のものを作るために転用しようとか思うな」
俺は、『医者』として、放浪癖のある兄貴から言われたことを口にした。
一人の被害で済めば、放っておくのも手なんだがな。
いや、それが出来ない理由になっている娘が不思議そうな顔で俺たちを見ている。
「チーアさん……『藍銅鉱』の作っているお薬に何か?」
「……無味無臭。痕跡も残らず。そして確実に殺せる毒がある」
少量なら劇薬として有効だが、慢性的に服用すれば確実に健康に影響が出て死に至る。
「……『砒毒』だ。
『藍銅鉱』。それは『砒毒』なんだ」
ヒドク??!!二人は不思議そうに呆けた。
……。
「……身体に悪いのは解ったよ。でも俺ドワーフだしな」
ようするに、すぐ死んだりはしない。彼らは毒や病気に強い耐性を持つ。
「それに、健康に悪いってたって、俺だけだしなぁ」……。
「『藍銅鉱』。他の仕事、あるでしょ?」
「細工か?お嬢。あれは原石代がかさむからなぁ」
「お山じゃ銀とダンブリ石なら取れるんだが。
金やダイヤや宝石となるとやっぱり金が欲しいよな」
「……」
黙る『孔雀石』さん。
本当にニブい奴だ。『藍銅鉱』よ。
……俺はお前を殴ってやりたい。
「砒毒には特徴があって、
ごく少量を慢性的に体内に入れた場合と、
致死量を飲んだ場合とで症状が異なる」
しかし、ドワーフなんて殴ったところで俺の手が痛いだけだ。俺は解説を続ける。
たぶん。その青いイボは。
そして。関係ない筈の村長にも青いイボがあった。
「『孔雀石』さんには青いイボが出来たりしていませんか?」首を振る『孔雀石』さん。
「……エルフには毒が効かないのをご存知ですか?」
あえて『藍銅鉱』の前で「エルフ」と言った彼女の瞳は潤んでいた。
ごめんなさい。でも黙りません。重要なんです。
「効かない」確かに彼女はそういった。
……「耐性がある」ではなく。効かない。つまり、身体に受けていないとは限らない。
「『孔雀石』さん。髪を一本ください」
『孔雀石』さんは不思議そうな顔をしたが、少し眉をひそめると細い髪を一本抜いてくれた。
ちなみに、人間と違ってエルフの髪にはわずかながら痛覚がある。
「水の乙女よ。"浄水"」
……薄い金色の髪は風に散らされ、はらはらと千切れていく。
「『藍銅鉱』。今すぐ窯を閉じろ」俺は言った。
「『孔雀石』さんが……エルフでよかったな。人間なら死んでいる」




