8 『最初の剣士』を讃える唄
厭々つけた絹のロングスカートは幾重にも重なって透けそうだが透けないもの。
炎と獣脂の明かりに照らされて白いスカートは金の輝きを帯びる。
料理の匂いにややこしい煙薬の臭い。そして酒の臭いと喧騒渦巻く酒場。
荒くれ連中はその杯を打ち鳴らす音を。
とめた。
しずしずと竪琴を手に現れた俺。
もとい『ユースティティア』に道を譲る男女。
皆遠巻きで見守る中、
ゆっくりと音も無くスツールに腰かけ、竪琴の弦を軽く爪弾く。
『しのぶくさ』と『わすれぐさ』がタンバリンとカスタネットで拍子をとり、
ファルコは苦手なリュートを手に取る。ロー・アースは魔法で明かりの演出。
『かぜをおるむすめ』はコーラスをあわせてくれる。
人々は無言で拍子を取り、俺の竪琴と唄を待つ。
魔導の明かりに照らされたいにしえの正義の女神の名を持つ詩人はゆっくりと竪琴を爪弾き。
そして歌声を放つ。歌声は店内に響き、窓を越え天空の神々に捧げられる。
其れは昔の英雄。我々冒険者の魂となった男の物語。
「いずこのくにの いつかのはなし ♪
ひとりの剣士とさいごの魔導王の恋のうた ♪ 」
代々善政を敷いた魔導帝国の王達だったが、絶頂と共に衰退していく。
魔導の力が人々の身分を決め、魔導の力なきものは奴隷や蛮族であった時代の物語。
ひとりの魔導の力のない青年と魔導帝国最後の皇帝にして少女。
二人は出会うはずの無い出会いを果たし。一目でお互い恋に落ちたという。
各国で多少の差異はある。
ここ『車輪の王国』では『銀輪の力を人々に分け与え、人々に富と祝福をもたらした男』になっている。剣士ですらない。
魔導王である少女を守るため、青年は剣の力を得ようとするが、それは過酷にして無謀な挑戦であった。
指先をひとつ動かしただけで巨大な魔物を討つ魔導士たちの中で、その情熱はどれ程愚かに見えたことであろうか。
それでも青年は諦めない。剣を手に運命に抗い続ける。
幾多の仲間に恵まれ、たくさんの人々の支持を受け、彼は遂に悲願を果たし少女と結ばれる。
―― 俺の歌う物語りにファルコのリュートが効果音声を作る。意外な技術だ。
はやし立てる人々、口笛を吹いてとなりの恋人に抱きつく男女。
懐かしそうに笑う老婆と老人に俺は軽く微笑み。ゆっくりとおひねりを入れるための器を出した。
ファルコや『しのぶくさ』。『わすれぐさ』の子供達がそれをもっておひねり回収である。
拍手とタンバリン、カスタネットの音が鳴り響き、ファルコがまたリュート演奏に戻る。
俺は艶然と微笑み、『続き』を歌う。
俺の歌声を聞いてくれる人々に俺の絹のスカートの照り返しの光が当たっている。
妖精よ。神々よ。この唄を聴きたまえ。我らの自由の祖に祝福あれ ――
「しあわせはながく とわにつづくとおもわれた♪
どれいもきぞくもこの日はなく、ともに盃をかわし ともに祝福の唄をうたう♪ 」
幸せは長く続かなかった。
『滅びを司るモノ』が現れたのである。
それは繁栄を極めた魔導帝国の魔導の力を寄せ付けず、それどころか力とする厄介なバケモノであった。
剣士は剣を手に立ち上がる。
仲間を、友を。恋人を守るため。
結果的に二人は『滅びを司るモノ』に勝利する。
その代償は大きく、少女の犠牲を伴った。
「栄光は消え 友は散り 愛する人はいずこの空へ?
モノを語る石も 言葉を持つ紙もうしなわれ ひとはつながりをうしなった」
俺の竪琴とファルコのリュートは哀切を奏で、涙を流す人々の嗚咽に織り込まれていく。
「あいあらそうひとびとは、我こそ王ところしあいにくみあう。
どれいもきぞくも おとこもおんなも ただ にくしみあい ころしあう♪
なみだは海をつくり、いかりとにくしみが炎となって山をつくる♪ 」
だが、絶望は希望に変わる。
剣士はふたたび立ち上がり、奴隷も貴族も無い平和な世界を目指して剣を振るいだす。
「剣はにくしみを切り裂き、悪の力もって善を成す。
人の業は深くても。人の意思はまだ残る。
神は去り魔法は消え去り、いとしい人はいまいずこ」
奴隷も貴族も無く、皆で話し合って全てを決める理想の国を作り、彼は息を引き取ったという。
拍手と足踏みが最高潮に達すると店主に合わせて俺は盃を掲げる。ちなみに何故か俺だけ『水』だ。
「我ら『最初の剣士』の理想を追う者ッ! 」「我ら『最初の剣士』の理想を追う者ッ! 」
盃を掲げ、一斉に音頭を取る。人々は最初の剣士の英雄物語にてその日の終わりとする。
「いまこそ我らは剣を盃にして。『最初の剣士』と共に歩むッ 乾杯ッ 」
豪快に盃同士を打ち付けあい、日々の憂さを晴らし、星明りと共に帰路につく。
この国は。この世界の人々は。そうして永い時を生きてきた。




