5 明日なき自由より今日の牢獄の鎖のほうが気楽である
「その娘はなんだ」「いや、この子達の母親だと思うぞ」
目が泳ぎまくる親父に火箸を突きつける俺。脅えて泣き出す子供たちを庇いつつおろおろする娘。
まさに修羅場である。
半妖精という事は当然美形である。ほっそりとした、言い換えれば貧相と言ってよいほど細い華奢な体つき。
儚げな顔立ちは更に彼女への印象を弱弱しく見せ、野郎共の庇護欲を駈る代物になっている。
「お袋がいるってのに、テメェは娘のカネを勝手に持ち出した挙句愛人まで作ってたってか」「いや、返すって言った。というか誤解だ。手は今のところ出していない」出すつもりだったのか。
おろおろしている少女(ただし子持ち)と子供たちを尻目に罵りを続ける俺と言い訳がましい親父。
「お袋がいるってのに。お袋がいるっていうのに。あんた他の女となにヨロシクやってるんだ」「誤解だ」
「お袋を探すんだろうがッ 」「いや、探すけどな。これは事情が」
言い訳がましいお父さんにわたしは叫んだ。
「もういいわよっ お父さんなんてだいっきらいっ!!!!!!! 」
「はい。そこまでなのの」可愛らしい声が聞こえた。
「ガウルさん。お久しぶりです」やる気の無い声。そしてわたしの肩を抱きしめる男の肩。
「あ~。その。邪魔か? 」「い、いえ。そのようなつもりは」
俺は革鎧をまとったロー・アースの腹に蹴りを入れて離れる。なにしやがる。
「で、どこまでいった? ちゅー程度はいけたか? 」「いってません」「いくか。ばか親父」
森の中の小屋は都合七人もの人間がひしめき合う妙な空間になってしまった。
「で、この子が」「『しのぶくさ』と『わすれぐさ』の母親の『かぜをおるむすめ』と申します」
つまり。木綿さんという名前らしい。エルフの名前はわかりにくい。歌になっててややこしいし。
「チーア。違う」「ちがうのの~。エルフの『風を織る』ってのは蜘蛛さんの糸を風に纏わせて織ることが出来る子をいうのの! 」わ、わからん……。
「この娘は『風』を織れる」エルフの織る絹はただの絹ではない。
普通の絹は蛾の幼虫が出す糸から作るが、エルフの作る絹は風にのって空を舞う吸血蜘蛛の吐く糸から作られる。らしい。
「しかし、本を読めと俺は何度も言ったんだが」親父は苦笑いすると話を続ける。
なんでも、エルフの『風』は恐ろしく軽くてしなやか。そして魔法の力すら持つ装甲繊維らしい。
「俺のマントや手袋や服は彼らの技術を模倣したものだからな」それに加えて『青いマント』『赤いマント』の技術を模して作ってある。そうだ。
「ろうのマントはねぇ。サファイアやエメラルドを装甲繊維化したものでもあるのの」良く解らんが高いらしい。
「つまり、この娘を抑えれば。軽くて強靭な鎧が楽に作れると? 」「そうなるな」「なる」「なるの! 」
事情を知らない奴隷商人が娼館に二束三文で売り払ったのが幸いし、逆に悪用されずに済んだ。らしい。
「で、俺は彼女を身請けするために娼館に乗り込んでだな」「人のカネを持ってな」
勿論なんの縁も無い男がいきなり身請けしたいと言い出しても身請けさせてくれないが。
「やり手ババアまで腰抜けにして格安で身請けしたんでしたよね」「うむ。久々にスッキリした」
男って。男って。男って。最悪。
チュンチュンと小鳥のさえずりが小屋の外から聞こえる。
「みうけってな~に? 」「しょーかん? まほうだね」と子供たちのツッコミに対応する少女とロー・アース。
俺は少女に吐き捨てた。
「自由になろうと逃げたんじゃなくて、逃がしてもらって保護されて。また誰かに利用されるのか」
あんたの自由ってなんなんだよ。




