前編。エピローグ ダイヤモンドになれない石
「私は、物心ついたときには既に父の背中に背負われていました」
村の人々はドワーフではない『孔雀石』を分け隔てなく育ててくれた。
「だから、逆に辛いんです」
村長もそれを察していたのだろう。『気』が違いすぎる事実に。
「……みんなが好きなのに、意味もなく……気持ち悪くなるんです。自分が、嫌いなんです」
勇気を絞って無関係な俺たちにそんなことを話したのは酒の力だけではないだろう。
遠くからドワーフたちの奏でるリュートや楽器の音が聞こえる。いい音楽だ。
「『藍銅鉱』は幼馴染なんです」
つまり、あの髭面で子供なのか。アレ。
「よく一緒に遊びました。どちらかというと弟みたいに思っていました」
でも。彼女は続ける。
「鯉してたのねぇ~」
ファルコはのんびりと答える。
……それはフナの仲間だ。ファルコ。
青い顔で首を振る『孔雀石』さん。
関係ないが、唐突にエルフは身体で意思を表明する習慣がないのを思い出した。
さっきから彼女が妙に暖かい雰囲気をかもし出しているのはそこなのだろう。
「汚らわしいですよね」
「いんや。自然だ。慈愛の女神様に誓って言ってやるさ」
何を言う。めでたいことだ。というか、俺も驚いた。マジで驚いた。死ぬかと思った。
「どきどきしたり、イライラしたり、
苦しかったりその……嫌なんです。彼は何もしてないのに」
何もしてないなら腹が立つのは仕方ないが、
そういうのと無縁な彼女には深刻な問題なのだろう。
「赤い御飯を炊いたのね」
ファルコが謎の発言。
「……よく解りませんが。確かにその日はそうでしたね」
そういえばフレアも同じ事をいってたな。めでたいらしい。
「『藍銅鉱』さんってなんで稼ごうとしてるの?」
「この村で採れない原石や貴金属を加工したいそうですよ」
ふーん。つまり。
「『孔雀石』さんの為に、いいものを作りたいって事とか?」
「まさか? そんなこと、彼は一言も言っていませんよ」少し赤くなる『孔雀石』。
「……何故作りたいのか聞いたのか?」
ロー・アースはやる気のなさそうに呟く。
「ドワーフは嘘をつくことはできないが、貴族どものようにはぐらかすのは可能だ」
「ドワーフには無意味です。仲間なんですよ?」
ロー・アースの指摘に頬を赤らめて答える『孔雀石』さん。
「人間は、人を喜ばせるために嘘をつくこともあるぜ」「……」
「金木犀はねぇ。琴やみすみるに勝つのっ!」
……色々と違うぞ。ファルコ。
「だいたい、嫌いならそんなもん贈らんだろうな」
ロー・アースは大あくび。少し当てられたのかもしれない。俺も聞いてて恥ずかしい。
「……捨てる?」
ファルコが凄いことを聞く。
「これを捨てるなんてとんでもないっ!」狼狽する『孔雀石』さん。
「ダンビュライト。透明度が高く、メガネなどの原料になる」
ロー・アースが誰に言うでもなく、寝転んで空に向かって呟く。
頷く『孔雀石』さん。
「透明な心を司り。自らは決してダイヤモンドになれない石。
故に『夢を追う者達』と希望を応援し、
守護すると伝えられています。偽ダイヤといわれますが」
「好きな石です」
たぶん、答えは彼女の心にあると思う。
だが、俺程度がどうこう言える話ではないだろう。
もし、君の心に悩みがあるなら。
もし、君がまだ見ぬ夢と現実の狭間に悩んでいるなら。
そっと手にとって祈って欲しい。
きっと、その石は力を貸してくれるから。
未来のダイヤモンドになる君の魂の支えになってくれるから。
ただし、そのための努力は怠らないで欲しい。
その石はダンブリ石。希望石。
決してダイヤモンドになれない代わりに、
未来のダイヤモンドである君に力を貸す。……そんな石。




