第十九夢。故郷に錦を 前編 プロローグ
「頼む!ボコられてくれ!」悪縁のヤクザ者、グローガン一味の奇妙な依頼。
なんでも故郷からやってきた母親にいいところを見せたいとのことだが。
「俺は腹いっぱい豚の丸焼き食いたい」「綺麗な嫁さん欲しい」「身長を5センチ伸ばしたい」
「いい加減にしろっ!! 」
またもチーアが切れた。
「お願いします!ロー・アース様!!! 今までの事は水に流して!! 」
禿頭に筋肉の塊みたいな男がやる気のまったく見られない男にへこへこしている姿は滑稽極まりない。
「興味ないだが」
見た目より遥かに若いが、見た目以上にやる気のない中年親父みたいな男、ロー・アースは面倒くさそうに頭を掻いた。
冒険者が集う宿、『五竜亭』。
俺達もまたその冒険者の端くれである。
たぶん。
「ね。ね! ロー・アース様! ファルコ様もささ! 」
禿頭の大男が幼児に見える姿の妖精族で俺の相棒。ファルコ・ミスリルに甘い蜜菓子を渡そうとする。
俺はそれを受け取ろうとするファルコの頭をはたいた。
だいたい、どこから脅し取ったか判らん物か、どんなあくどい金で買ったか知らない物を受け取るんじゃない!
ファルコは髪の毛の色と同じ茶色の瞳に不満の色を浮かべたが特に何も言わずにテーブルにぶら下がりなおした。
微妙にこのテーブルはファルコが使うには高さが高すぎるのだ。
「さっさと帰って欲しいんだけど」
ダン! と言う音と共にテーブルに大きなジョッキが叩きつけられた。
叩き付けた主はこの店のウェイトレス、アキ・スカラーだ。
「そんなこといわずに! アキ様! 今日もお美しい! 」
禿頭の見え透いたお世辞にいつもは愛想のいいアキの口元が引きつる。
「酒じゃなくて唐辛子湯が欲しいみたいね? 」
普通、そんなものを飲ませはしないだろう。
ちなみに、唐辛子っていうのは遠国由来の強烈極まりないスパイスである。
栽培が簡単らしく、最近安くはなってきたが、薬品や武器としては便利でも食材としては辛さが酷すぎてイマイチ使いにくい。
薬品としては発汗を促したり、毒をもって毒をとったり、
他にも凍傷の類に有効とされるが、皮膚炎を起こすだけで凍傷への実際の効果は疑問である。
『俺達からも今までのことを考えたら頼める筈はないのですが、お願いします!! 』
ごついわ、喜怒哀楽激しいわ、最初は威圧的にやってきたかと思うと怒りだし、最後は泣いて頼みだした20名弱の野郎共。真面目に暑苦しい。
ごつい男達20人ほどがアホホド詰め掛けた店内はいくら広いといっても真面目に手狭だ。
普段からして荒くれ者ばかり集まっている店内。ハッキリ言って大迷惑である。
俺。チーア。
一応、冒険者をやっている。うん。そのはずだ。
便所掃除する羽目になったり、子守を押し付けられたり、ドブ掃除したり、サーカスの洗濯屋をやったり、子供のかわりに手紙を届ける羽目になったりしてるが、多分冒険者だ。多分。
「頼みますよ!『夢を追う者たち』はどんな願いでも叶えるって言うじゃないですかっ! 」
どっからそんないい加減な噂が立っているのか不明だが。俺は頭を抱えた。
ちなみに、正確な噂は俺が言うのも嫌過ぎるが「どんな願いでも叶えるが余計なオマケがついてくる」だ。
屋敷に巣食った幽霊退治のついでに屋敷が全焼してしまったり(俺達の所為ではない)、
行方不明の子供達を助けたら助けすぎて依頼者が恐ろしい数の子供の面倒を見ることになったり、
麻薬組織を潰したついでに仲間とその実の妹が相思相愛(?)になってしまったり、
子守にいったら依頼者が人さらい(?)として襲ってきたり、
餓鬼退治に行けばなぜか餓鬼族の王になってしまったり、
ドブ掃除にいけば魔物を産み出すクソ怪しい実験をしていた魔道士の陰謀を突き止めてしまったり。
他にもエトセトラ etc. etc.
「なぁ。グローガンさんや。真面目に暑苦しいんだが」ロー・アースは本気で嫌そうにしている。
正直言ってグローガン達は駆け出しの頃に袋叩きにされたので俺から見ても嫌な奴だ。
グローガンの手下から玩具を借りて一緒に遊んでいる( ! 目を離した隙に ! )ファルコだってそう思っているだろう。たぶん。
強請り、たかり、強盗まがいから金さえ貰えば犯罪者の手下もこなす街のごろつき。
それがグローガンとその手下だ。
もっとも、昨今、彼らの仕事にはなぜか俺達がついて回るので、いい加減お互いがお互いを嫌になってきている頃なのだが。
なんせ彼らが用心棒の仕事を請ければその反対側には俺らが常にいるのだ。まさに悪縁といえる。
数に頼られて昔は苦戦したが、最近はそーでもない。
昨今は向こう側も怪我しないようにグローガン含めて5人程度しか突っかかってこないのでなおさらだ。
「ぐろーがんのおっちゃんもあやまってるんだし、きいてあげたら~? 」
ファルコがのんびりと言う。お前、昔袋叩きにされたのを忘れたのかっ!
ちなみに、袋叩きにされていた俺達を助けた(?)のがロー・アースで、その縁で俺達はトリオを組む羽目になっている。はっきり言って悪縁だ。こちらも解消したいところである。
まぁ。嫌いじゃねぇが。
「聞く必要ないでしょ。さっさと帰ってもらって」邪魔だから。とアキは言うと、
空のジョッキを複数抱えて店の奥に戻っていく。そもそも、グローガンがアキに絡んだのが喧嘩の切っ掛けだったのだ。アキがグローガンを嫌うのは当然である。
だいたいなぁ。俺はぼやく。聞くつもりはなかったのだが。
「お袋が訪ねてくるから頼みを聞いてくれって言われても困るんだよな。何をやらせるつもりなんだよ? 」
「勿論、俺にボコられてくれ」
「「「「死ね」」」」俺、ロー、ファルコ、また戻ってきたアキは同時に返した。




