エピローグ 木靴カタコトと
農奴の老夫婦は用事を済ませ、俺たちのなけなしのお土産を手に領地に戻っていく。
あまり豪華なお土産を持たせると没収されるだろうと意図してのことだ。
「無力だな。『神』と呼ばれる私達が」「ですね」
上位巨人族の夫婦はその様子を悲しそうに見ていた。
「ろう」「ああ。そうだな」
俺たちは願いを叶える冒険者と言われるが、そんなことは無い。
助けることはできるが、人間の願いと言うのは自らの手で叶えるために足掻き続けるものだ。
俺たちはその時、つかめるかどうかの一本の藁に過ぎない。泥の中から這い出せるか、泥の中で終わるか。
あるいは泥の中にこそ幸せを見出せるか。全て本人次第だ。
やっと元の姿にもどった俺は相変わらずの違和感を隠せない。
背丈が伸びていたのが戻り、胸のサイズが元に戻ったことだけは評価したい。あの違和感はありえない。
というか、実の親父に襲われそうになった。死ね。クソ親父。
とりあえず蹴っておいた。あの性格にされても俺は俺だ。
イルジオンには抗議しておいたが、奴は笑い飛ばしやがった。館に火をつけようとしたら水の塊を落とされた。
「幸せを掴みたいなら自分の中をもっと見つめるべきだな。何が出来るか。何を成すべきか。何を知っているか。何を知るべきか。年長者からの警告だ。
そして良いことをおしえてやろう。年長者と偉ぶっているが、要するに私も後悔の果てに出した結論を述べているに過ぎないのだ。失敗して。泣いて悲しんで。悔しさに掴んだ泥の中から金の砂を見出せるかどうかが『人間』の分かれ目なのだ。人間の命は長くも我らと違って脆い。だからこそ目標を持って生きることが出来る。それは素晴らしいことだ。それを忘れなければ、君も幸せの一端を掴めるだろう」
やけに人間臭いことを言うエルフだよな。アイツ。というか、俺の幸せって。ナニ言ってやがるんだ。
そういえば、自分が幸せかどうかって。考えたことなかったかも。
仲間には。少々アレだが恵まれているのかも。知れない。
親友には。男と思われていることを除けば。まあ良好といえる。
周囲の人々。まぁ問題は。無いと思う。クソ親父だってまぁ正直を言えば嫌いじゃないし。
「あいつら。行ったの」「アンジェ」
いつの間に立っていたんだろう。彼女は俺の横に座っていた。
右手に錆びたナイフを持って。
「これ、御守り刀なの」「そっか」
刃はついていない。子供を災厄から守るための御守りだ。だから。
「殺してやろうかと。思って」それは叶わない。たとえ錆びていなくても。叶わない。
「チーアには言っておきたいことがあったの」軽くだけ聞いたが。
彼女のそれからの半生は。幼い彼女の半生は陰惨そのものだった。
唯一の救いは彼女を安売春宿の奴隷から拾い出してくれた高級娼婦たちであろう。
「必死で働いて、勉強して。なんとかお金を返したの」
「神様。何故助けてくれないの。いつも泣いていた。
神様を恨んで、自分で何とかしてやると勉強して、変態に股を開いて。媚びて。鞭をうって」
その間、俺は文字も勉強せずに、親父と世界中を旅していた。
確かに酷い目にも何度も遭いかけたが、ヤバい時は親父が助けに来てくれたから。
俺は、幸せだったかもしれない。兄貴も俺を可愛がってくれた。
「あ。安宿にいたときと違ってお金なしで犯されることはなかったなぁ」
そこは幸せだったかも。勉強もできたし、お姉さんたちも優しかった。厳しかったけど。
そう続けるアンジェ。
それでも。生きて。生きて。
「チーアを初めて見たとき。不思議だった」ん。
「胸がドキドキしたり、興奮したり、その気になったりするのは、出来ちゃうのよ。普通に」ああ。
「こんなに光が集まっている人は見たことが無くて」気のせいだと。思う。
「だから、前も言ったけど。私はチーアが好き。大好き。『貴女』が何者であっても。好き」
さわさわと冬の風が森の中にある不思議な宿のテラスを揺らす。
この寒さだ。テラスの上には俺とアンジェしかおらず、皆は酒場で莫迦さわぎ。
「『神様の声』を初めて聞いたときのこと、覚えている? 」
それは、『使途』と普通の人を分ける決定的な違いだ。
「『救われたいと思うなら。救える人になりなさい』」
彼女はそういって寂しそうに微笑んだ。「変な声だったけど。癒しが使えると気がついて」そか。
「『自分を買って』私は神官になったの」うん。
「アンジェ」「うん? 」俺の瞳に彼女の涙に濡れた瞳が大写しになる。
「生まれてきてくれて。ありがとう。生きてくれて。ありがとう」「……ばか」
強烈な衝撃が俺の頬を襲い、後頭部でゴチンと音がして、視界が暗くなる。
「私も。黙っていたから。これでおあいこ」俺の唇に柔らかい感触が。触れる。
俺は額を合わせた人間の心が読めてしまう。
唇や性器ならば更に感度が上がるらしいが試したことは。無かった。
アンジェ。
アンジェ。アンジェ。
「さようなら。私の愛したチーア。
こんにちは。私の親友。ユースティティア」
沈む意識に彼女の声だけはっきり聞こえる。
「あんたなんて。大嫌いだから」暖かい涙が。彼女と俺の涙が俺の頬を濡らす。
「ホントに。大嫌いなんだから」
『軽快な木靴の音』を聞きながら俺の意識は闇に優しくつつまれた。
もし。郊外の森の奥に不思議な形の宿をみつけたら。
もし、君が叶わぬ思いを胸に抱いているならば。
もし。消えぬ嘆きがあるならば。
迷うことなくその宿の扉を開き、俺たちを指名して欲しい。
きっと。きっと君の助けになるはずだから。
ただし、余計なオマケは自己責任で。
(Fin)




