9 慈愛神殿
「ここに、娘が?! 」
ボロ神殿、ボロ神殿と揶揄されますが車輪の王国ではもっとも大きな慈愛神殿です。
田舎から出てきた二人にはさぞ立派な神殿に見えるのでしょう。
「農奴の癖に村の外に出ていいのか」「別件の用事を領主様から」その辺は興味はありませんが。
『遠くから』と懇願する二人に折れた私達は老夫婦を連れて慈愛神殿にやってきました。
正直、この姿を神殿の皆さんに見せたくないのですが。本気で殺されそうですし。
正門は常に開放され、下級神官の女性が見張りをすることになっています。
『神官長』と呼ばれるカレンであってほしいのですが。さわぎになりますし。
「あんた。まさかチーア」
「ミナヅキ? 」「ミズホだよっ?! 」真剣に解らないのですが。
私達を見つけた下級神官の少女はじろじろと私を睨みます。
「胸がある」睨まないで下さい……本気で怖いのですが。
御蔭でイルジオンに女性の姿にされた経緯を彼女に説明する羽目になりました。
「そ、そう。それならいいけど」
彼女は私を睨みながらこう仰いました。
「以前の男同士の結婚の酔狂の恨み、忘れていないわよ」……嫌なことを。
「このまま女になっちゃうつもりじゃないでしょうね」元より女です。
「そう。男に戻るなら構わないわ」前、男は神殿に入るなといいませんでしたっけ。
「ミナヅキがあんたの話ばっかりしてウンザリなのよ」「はぁ」
ミズホとミナヅキは双子の姉妹で、正直見分けがつきません。
嘘をつくと小粋なタップダンスを踊りだすか否か以外の区別が無いのです。
「ミズホさん。悪いがアンジェに用があるんだ。彼女は何処だい」
「あっ?! 奥にいますよっ?! 呼んできますっ! ロー・アース様ッ?! 」「だいじょぶなのの」
ロー・アースはもてます。腹が立ちますが。というか、ミズホさん。同僚より男ですか。そうですか。
「このおじさんたち」
やっと、子供を抱く私やロー・アースやファルコ以外に目が向いたようです。
老夫婦はすっかり萎縮しています。
「まさか」「それ以上は言ってやるな」「なの」
ミズホさんは状況を把握したらしく、小さく頷いてくれました。
「いいなぁ。アンジェは」?
「私達のお父さんたち、結核で苦しみぬいて死んだから」「……」「……」「……」
何も。いえませんでした。老夫婦は遠くからアンジェを見て。泣いて謝っていました。
ところで。
『嘘をつくと小粋なタップダンスを踊る』契約祈祷を受けた娘はもうひとりいるのです。
アンジェです。
彼女は神殿の業務を行いながら。
老夫婦や私達に気付いていないように振舞っていましたが。
彼女の木靴は軽快な音を立てて跳ねていました。
その明るい音。
彼女の涙に聞こえたのは気のせいでは無いと思います。




