5 『藍銅鉱』
藍銅鉱(らんどうこう、azurite、アズライト)は鉱物(炭酸塩鉱物)の一種。
岩群青
藍銅鉱から作った岩絵具で、古来より東西で青をあらわす顔料として使用された。省略して群青とも言う。銅山が多い日本でも盛んに使用されたが、先述のとおり孔雀石と混じって採れることが多いため精製が難しく、孔雀石からとれる緑青の10倍の値段で取引され、群青60gで米一俵買えるほどだった。色はマウンテンブルー。
(ウィキペディアより)
「『藍銅鉱』。具合はどう?」
さっき謎のイボを剃刀で剃っていた奴に『孔雀石』さんは声をかける。
「ああ?なんともないさっ!お嬢のくれた傷薬つけてるしなっ!」
愛想のいい奴だ。
小柄だが体重のある身体でドスドス歩き、
キビキビ作業をしながら、ハキハキと答える姿には好感を禁じえない。
「……で、その三人の誰と結婚するんで?」
「「「ぶはっ??!!」」」
一斉に吹き出す俺とロー・アース。
そして『孔雀石』さん。
ファルコだけは「けっこ~だねぇ」とのんびりチョウチョと戯れている。
「な、何をいうの!『藍銅鉱』!」
「へ?村長がそういってたぜ?」
髭だらけのドワーフの表情は相変わらず読めん。
ボケてるのか嫉妬してるのか?
「お父様ったら!出鱈目です!出鱈目!」
「……お嬢」ドワーフは嘘がつけない。代わりに黙る。
少し間が悪くなった。
沈黙を破ったのは『孔雀石』さん。
「……とにかく!私は結婚したいなんて言ってませんからっ!」
「『藍銅鉱』の莫迦っ!」
「そりゃ、俺っちはお嬢よりは賢くはねぇけどよぅ?」
ボケた返答をする『藍銅鉱』に業を煮やしたらしい『孔雀石』さんは踵を返した。
「莫迦っ!鈍感!」
振り返りざまに釜の番をする『藍銅鉱』に罵声を浴びせる『孔雀石』さん。
そりゃ切れるわ。
「そりゃ、イボを剃った程度ではかゆくもねぇが」
……鈍感どころか。……空気読め。おっさん。
早足になる『孔雀石』さんを必死で追い(エルフもまた足が速い)、
俺たちは村長の家に戻ってきた。
客人をもてなすためにささやかな宴の用意……大量の酒樽が積まれている。
まさか、未成年の俺たちに呑ますつもりかっ??!
「お父様っ!!」
扉をくぐろうとして盛大に頭をぶつけてうめく『孔雀石』さん。
その横を「失礼するの」といって通り抜けるファルコ。
「おお。客人か。今宴の準備をしているからな。少し待て」
「……すっげ~嫌な予感がするんすが。おれら、借金まみれの冒険者モドキですぜ?」
俺は村長の髭の上からでもわかる満面の笑みに一抹の不安を覚えざるを得なかった。
「なに。うちの婿殿になれば
そんなありもしない借金などどうってこともない!」ガハハと笑う村長。
「……」「え~とだな」「お父様……」「みょこどん?」
婿だ。どんな謎の恐竜だ。ファルコよ。
「えっとですね。
俺たちは注文をしにきただけで、別に婿になりにきたわけでは」
呆れた俺は、村長に自重を促す。
「うむ。確かにそうだな」ほっ。
「では、器量を見た上で、三人のうち一人に娘をやろう!これはその前祝だっ!!!」
……聞けぇえええええっっ??!!!
「……お父様」
あ。怒ってる。怒ってる。
「おお。客人には言っていなかったな」
楽しそうに笑う村長はとんでもないことを言い出す。
「いい機会だから、歓迎の宴と婚約の宴を同時にやるべきだろう??!!」
なんじゃその斜め上の発想はっ??!!
「なにを言ってるのですか??!! お父様!!! 今、村は大変なのですよ?!
原因不明の呪いが蔓延しているのです!! そんな状況で宴など不謹慎でしょう!」
『孔雀石』さんが止めに入ってくれた。助かる。
「客人をもてなすのがドワーフだ」
「婚約の宴と同時など不謹慎です!」
うむぅ……。とこまった様子の村長はさらにとんでもないことを言った。
「もし、呪いをうちくだくことができたら、我が娘を嫁にやろう!」「……遠慮しておきます」
三人そろって一斉に返答した。というか、斜め下すぎる発想だろう。
『孔雀石』さんはスンゲー美人だが(なんせ混じりっけ無しのエルフだ)、
あんなの見せられたらなぁ。
「何度も何度も言いますが、私は結婚したいとは思いません」
眉をひそめて話す様子もまた美しい。
「それは困る。お前はもう30なんだぞ?」えっ??!
「まだ子供です」同い年だと思っていた……。マジか。流石エルフ。
「我らから見れば早いが、人間は15で結婚する」「人間と一緒にしないでください」
「せめて50になる前に結婚してくれ」「なら50まで待ってください」
「待たん。今すぐ結婚しろ」「嫌です」
間違いなく『親子』である。
肝心なところで意思疎通がなっていない。
『孔雀石』さんはドワーフに育てられた所為か頭の中はドワーフらしい。とにかく頑なだ。
「だいたい、そこまで余所モノと結婚したくないというからには、村に良い男がいるのか?」
「そ、それは……」うろたえる『孔雀石』さん。
「……この村は呪いを掘り起こしてしまった。お前は余所の土地で、幸せに暮らせ」「……!」
……。
……宴会では、騒いでいるのは村長以下ドワーフたちだけで、おれたちは通夜とかわらなかった。
「……いいですか。皆さん」『孔雀石』さんが俺たちを連れ出す。
ドワーフたちはなにも言わない。皆宴会に夢中なフリをしてくれる。気まずい。
「……どう思います?」彼女は星を眺めながら悲しそうに呟く。
「……俺は。結婚する気はありません」「ぼくも?」「俺も」「ふふ。ですね。父がご迷惑かけて申し訳ありません」
綺麗な星だ。いつも厚い雲に覆われているのに珍しい。
その輝きは足元を綺麗に照らし、宝石箱をひっくり返したよう。宝石箱なんて見たことないけど。
「私もです。男の人にはまだ興味がありません。そして。……この村のみんなが大好きです」
ファルコが小首をかしげた。「えっ?『らんど~こ~』さんのことがすきじゃないの?」「ぶっ!」
ゲホゲホと咳き込む『孔雀石』さん。そういえば。
「アンタ。胸があるな」
それもエルフにしては大きいほうだ。つまり。
「女性ですから……当然です」
俺の疑問に答える『孔雀石』。
「いんや、親父が言うには『妖精は恋をしてはじめて女の身体になる』ので、
胸云々じゃないんだ。……本来なら物理的にあっちは無理らしいぜ」
「だよ」
ファルコが肯定する。
基本的に性欲に相当する感覚もないらしい。
親父の与太だと思っていたが、『彼女』はあまりにも『女性らしい』。
エルフという連中はかなり中性的な容姿だったりする。
「……」青い顔は月明かりと星明りの所為とは限らない。
「……変ですよね。エルフなのに」
「ううん」
「別にいいんでね?」「珍しいとは思うがな」
ファルコ、俺、ロー・アースが『孔雀石』さんに応える。
「俺のお袋も常識が通じない親父との恋愛結婚らしいぜ」信じがたいが。
「……私、彼に嫌われているのでしょうか」
脅えたように言葉を紡ぐ『孔雀石』さんに。
「聞け。奴らは嘘をつけない」
ロー・アースはにべもない。
「……沈黙が返ってくるのが怖いんです」
恋愛なんてよくわからんが、さっさと言うことは言ったほうがいい気がする。
「私は醜い女ですから」
容姿の問題ではなく、本質の問題なのだろう。
ドワーフは異性の容姿を気にしない。
「この首飾り、彼から貰ったんです」
ダイヤモンド??凄い加工技術だ。
「じゃ、間違いなくプロポーズでいいんでね?」
俺が言うと彼女は寂しそうに呟いた。
「これはダンブリ石。ダンビュライト。偽ダイヤモンドなんです」
私と同じです。そう彼女は呟いて。……涙を流した。
その涙は星の光を集め、ネックレスに散った。
(コラム)
この世界のドワーフの命名法則。
男性は「●●鉱」女性は「●●石」で日本語表記されます。
カッコ内の名前はちゃんとしたドワーフ語ですが、雰囲気重視で日本語にしています。




