10 白詰草
御当主様をタライで撃退した俺だったが、
昼間にタライで当主を気絶させて幽霊の所為にするのは無理がありすぎた。
速攻でロー・アースとアキにばれてお説教である。
「ふぃい」
ファルコよ。何故俺の横で正座。そして何故茶を啜る。
「まぁバレてないならこのまま行くが」「どうして井戸で身体を洗ってたのよ」
いえるか。ボケ。色々ムズムズというか、悶々というか。
「井戸で空から行方不明のタライが落ちてきて当主様気絶。犯人は幽霊」
俺の報告を聞いた跡継ぎ様は呆然としたあと爆笑した。
ロー・アースとアキに尖った耳を両方掴まれた俺は早々に部屋を退出する羽目になった次第。
「どんな幽霊だよ」「出来の悪い寸劇でもそんなに身体を張った真似はしないわね」「にゅ 」
三人に説教を食らいながら頭を抱える俺。どう説明しろと。
「タライをぶつけられた当主様を発見した下女は悲惨だろ」確かに。悪い事をした。
どうみても第一容疑者は彼女だ。
「いや、安心しろ。神と精霊に誓って彼女のしたことでは無いと保障した」
『俺がした』ワケではないので貴族の持つ嘘判別能力では不感知である。我ながら悪知恵がついた。
「そりゃそうだろ」「酷いわね」「ちいや。じごくにおちるのの」
というか、この屋敷には嘘感知能力を持つほどの貴族はいないし。
「まさか、最大の敵は味方の大嘘とは」
ロー・アースが頭を抱える。「最悪よね」アキはニコニコ笑いながら俺のホッペをグリグリし始めた。
ファルコはというと「いまここに、ひとりのしもべが女神の膝元に戻ります。女神よ。慈愛をもって……」と葬式の台詞を言い出している。殺す気か。埋める気か。
「ところで」
ザックザックと土を掘り出す三人に話しかける俺。このままでは幽霊の所為にされて俺は埋められてしまう。
「なんだ? 」「忙しいのだけど」「なの」三人はつれない。生死を共にした仲間に酷い仕打ちだ。
「『汚れた身体を綺麗にしてやる』って意味がわからん」「……」
俺の言葉にロー・アースの手が止まり、アキの表情が凍った。
「もう一度。言ってみろ」「『汚れた身体を綺麗にしてやる』って意味がわからん」
南の国にいるオウムのように繰り返して言う俺に彼は不愉快そうに口元をゆがめた。
「それ、誰に言われたの? 」アキが吐き捨てるように呟く。
「御当主様だが」隠れている時に女神だのなんだの言われて、やらないかと言われた件について解説すると。
「……」「……」「……」三人は一斉に黙った。
「お仕置きはまた今度かな」「そうね」「だねぇ」
おおお。三人とも慈悲深い。
「その穴、戻しておいてね」おい。
……。
……。
「結局。この絵になんかあるのか」「そうともいうし、そうでもないとも言うわ」「みゅ」
また画家のアトリエに戻った俺たち四人は件の絵を睨みつける。
「チーア。こういう考えがあるの」
アキは吐き捨てるように呟いた。
「『貴族は聖なるもの。汚れた下民を浄化する』」意味。わかる? とアキは呟く。解らん。
「下賎のものをしつけるのは貴族の義務ともいうな」ロー・アースはそういうが、コレも。解らん。
「ちいや。これなの」
白詰草を握った絵を指差す。ファルコ。
憶測だが。ロー・アースは前置きをして俺に告げる。ファルコとアキは無言でそれを肯定する仕草をした。
「絵師は。当主に犯されたんだよ」
ロー・アースはそう言い放った。
「は? あのオッサン。悪い人には見えなかったが? 」
マジで。女好きではありそうだが。
「善悪の問題じゃないわ」「なのの」
アキは辛そうに呟いた。
油っぽい嫌な臭いのアトリエにアキの言葉が響く。
「女で下賎の民のものは、浄化しなければいけない。そうおもっている者は。貴族の中には。いるの」
それは、悪意なんかじゃ。ないの。
アキはそういうが。
「嘘……でしょ」意味が。わからない。
「事実だ」
ロー・アースは告げる。
「そういう台詞は、同格の相手に言うものですよ」
ぼっちゃんの台詞を思い出した。
「愛して。いたからでしょうか」
そういって寂しそうに微笑む彼の笑みも。
「なんで」
あたしの唇からうめき声が漏れる。
「女に。産まれたのかしら」涙が止まらない。
「チーア。落ち着けッ 」「火が出るッ 」「ちいや。しっかりするのの」
こんなのって。ありなの。




