2 病より簡単
「つまり、以前俺達がぶっ潰した『悪意の鍵』の製造組織がまだ生きているって事かい? 」
俺はその黒猫に問いかけた。少々懐疑的な表情を浮かべていたのだろう。
俺は暗雲漂う空の下、橋の欄干の上に座る黒猫に話しかけた。
「みゃぁ」
叱られた。ううむ。
いつぞやこの黒猫の甘言に乗ってしまい、ぶっ潰してしまった商会が作っていた麻薬『悪意の鍵』。
その製造組織と、邪教の使途を倒したのにも関わらず、まだ作っている莫迦がいるのか。
「……」
ああ。はいはい。
俺は猫じゃらしを取り出し、その黒猫の前でピョンピョン振る。
シュッ
橋の欄干から落ちないように器用にバランスをとりつつ、
激しく前足で猫じゃらしに襲い掛かる黒猫。即座に引き上げる。
もういちどピョンピョンと猫の前で振ると。猫の機嫌が悪くなり。
シュ シュ シュ
俺と猫の駆け引きが続く。
祝福された日に橋の上に通行税をかけることは王に禁止されている。
なので、今日は人通りが多い。俺と黒猫を見つめる視線を感じる。
一応、言っておくが。猫と会話する俺だが、別段頭が可笑しくなったわけではない。
この黒猫はポチという東方の魔猫、猫又の一族であり、猫族の王族だ。
本来は、めっちゃ偉い。らしい。
「今度は更に悪質だ」「ふむ? 」ちゃんと喋るし。
黒猫は素早く俺の腰の『またたび』なる粉薬が入った袋を狙うが、其の動きを読んでいた俺は即座に引く。
「むむむ」「まだまだだ。ポチ」
下手にエサを与えると、話の途中で寝るからな。こいつは。
「今度は、子供達が狙われている」
黒猫はしっぽを立てて俺を威嚇しつつ、人間の言葉で真面目ぶって告げる。
「子供? ファルのことか? 」「そいつはグラスランナーではないか」
まぁ、見た目は大差ない。というか耳が小さく尖ってないとわからん。普通の子供でも耳の尖ったコくらいいるしな。
「普段明るく、優しい子供が見る見るやつれはて、病に倒れる」「うん」
フー! ポチは俺に威嚇する。こっちも負けない。橋の上で両手を突いて威嚇。対抗だ。対抗。
「何処からともなく、子供が元気になる薬を分けてくれる男が現れる」「うん」
ポチは俺に飛び掛らんとする。しかし、俺は事前に用意した爪とぎ用の木を差し出して迎撃する。
夢中でガリガリと木を削りだすポチ。
「子供は薬を与えられた直後は元気を取り戻すが、薬が切れると狂ったように暴れだす」「うん」
「大人でも手が出せないほどの怪力でだ」「なんてこった」
かなりデカイ薪を用意したつもりだったのだが、ポチは易々とそれを爪で切り裂いていく。
コイツの爪は特別製で鉄の鎧でも易々切り裂く。面倒な猫なのだ。
てか、普通の猫じゃないとバレる行為はやめろっ?! 周りの気を引きすぎっ!
というか、皆ドン引きッ。
「はい。追加の薪」「すまんな。爪が痒いのだ」
こういうところは真面目に猫だよな。こいつ。
「で、その薬を後でトンでもない高値で売ろうとするってか」「正解だ」
落ち着いたのか毛づくろいをはじめるポチ。悪質だな。まったく。
ところで。俺は『下調べ』ってヤツが苦手だ。
大抵、ロー・アースと、ファルコの二人が先回りしてやってしまうからだ。
こういうのは情報に詳しいコネやらなんやらが必要で……と、友達がいないってワケじゃねぇからなっ?!
「ところで」
ポチはいつの間にか俺から奪ったマタタビの袋を口にくわえながら呟いた。
「ミスリルの息子は、なんらかの薬か病なのか? 」「だったら治せるんだけどな」
ぽけーとして、顔を真っ赤にしたファルコは。
「かわいい……」と呟いていた。
恋の病は医者もおてあげ。




