1 握手より簡単
「お兄ちゃん。帰ってきていませんか。チーアさん」
周辺のヤクザものだらけの環境に怯むことなく俺に話しかける少女。
年の程は10歳くらい。何処か見覚えがある。
「い、いや、見なかったぜ」
"黙っていろ"とテーブルの下から俺を睨むやる気のなさそうなツラの戦士。
と、いうかな。
黒髪黒目、白く内側から輝くような薔薇色の肌。白い貫頭衣を身につけた美少女。
繰り返すが美少女だ。言っちゃ悪いがここの看板娘のアキや同僚の神官のアンジェやミリア達と比べても。だ。
まぁその。間違っても。
「うぅん」
少女は妙に色気のある声を上げ。腕を組む。
すっかり寒くなっている筈なのだが。
季節に合わない彼女の貫頭衣が狭まる。
年齢の割には、胸があるな。少しだけど。
「ねね。ファルちゃん。うちのお兄ちゃん見なかった? 」
少女の矛先は俺と同じテーブルにぶら下がる妖精族に向かった。
「……」
妙な沈黙。ぶらさがったテーブルからずるっと落ちかけるファル。
彼はよたよたとテーブルにのぼりなおす。
ん? ふぁる? おーい?
「ねね。ファルちゃん。うちのお兄ちゃん見なかった? 」「みゅ」
わかるか。それで。
昼間だというのに酒やら御馳走やらの匂い。
唄うわ騒ぐはこの宿の連中は景気がいいにも程がある。
そんな中でも俺達の会話は続いている。
「というか、顔も知らないし。お兄さんってどんな顔」「え」
彼女の幼い瞳に俺の顔が映る。うーん。そういう趣味は無いが、真面目に美少女だ。
アキも美少女の部類だが、ケタが違う。ゆらゆらと揺れる白くて長くて尖った耳もまたチャームポイントって。え? ええっ?!
「える……ふ? 」
エルフで黒髪黒目なんて。聞いたことが無いんだが。
俺の一言を聴いて彼女の耳がピンと立ち、眉が狭まり口元を強く結ばれた。
彼女には悪いが。俺を睨みつける様子は物凄く。物凄く可愛い。
「あ。あ。その。ごめん」俺も髪と瞳の色で不愉快な目によく会う。
「こんな顔ですよ」
そういって、何処からともなく墨とペン、羊皮紙を取り出した彼女はサラサラと絵を描く。
無愛想に見える顔。太い眉。『へ』の形の口元。
「うーん。何処かで見たことがある」「僕も」
悩む俺たち。
テーブルの下で『話すな』とアピールしている戦士。
まさか。まさかここまでの美少女と。それも種族が明らかに違うのに兄妹なわけが。
「あのさ。お兄さんがどういう人か知らないけど、
君みたいに可愛い子がこういう店に来るもんじゃないよ」
俺が彼女にそう告げると周囲のヤクザ者共は一斉に抗議の声をあげた。聞いていたのかよ。
曰く「毎日毎日お兄さんを心配して朝と夕方に迎えに来る」
曰く。「超可愛い。マジ可愛い。俺にもこんな妹がほしかった」「と言うか俺の妹は売られた」
曰く。「エフィーちゃんに手を出すヤツは俺が許さん。えふぃーたんの処女は俺のものだ」「俺のものだ」
この。 ロ リ コ ン が 。
「うちのお兄ちゃん。見てませんか」そういう彼女に。
「俺がなってやるぜ」「俺が俺が」
ロ リ コ ン め 。 ロ リ コ ン ど も め 。
獣脂の燃える香に酒と野郎共の垢の匂いが加わってあまり宜しくない環境だが、
おまえらがもてないのは職業というより普段の心がけだと思うんだ。女性として言う。
あ。俺は女だからな。
「エフィー? 」
ファルコが不思議そうに呟いた。
俺も其の名前、何故か聞き覚えがあるんだが。
「お久しぶりです。そういえばあの時はゴタゴタしていて、
いつもお世話になっているお礼すら言えず申し訳ありませんでした。
私の名前はエフィー=ネイ・ル・アースと申します。
兄がいつも世話になっており、感謝しております。今後とも愚兄を宜しくお願いします。」
少女はそういって頭を俺とファルコに下げたが。
エフィー=ネイ。る・あーす。
まさかねぇ。
俺はテーブルの下で無言ながら必死に『しゃべるな』とアピールする男に目をやった。
こんな男と、超絶美少女が兄妹。三文芝居だって使い古したネタだろ。
「いや、知らない」
俺が言い張るとエフィーは目を細めた。
「額をあわせてもいいですか? 」
その言葉は、俺たち精霊使いにとって心を読むことを意味する。
唇や性器の場合更に感度が上がるらしいが試したことは無い。
「うん。かまわないけど、俺、エフィー……ちゃんに会った事あったっけ? 」
「結婚式でお会いしましたよ」不思議そうに呟くエフィー=ネイ。
結婚式。結婚式。結婚式。ああ。何処かですげぇ嫌な目に逢った気がするが。
気のせいだ。気のせいだ。女の子にとって憧れの結婚式にケチなんてついたことはない。無い。無いんだって。
(作者註訳:「ウソつきは結婚の始まり?! 」参照)
「結婚式? けっ……こんしき? 」「んもう。しっかりしてください。チーアさん」
彼女は俺の足元で軽く跳ねるが俺の額に届かないらしい。この半年でドチビの俺もずいぶん背が伸びた。
ほとんど塩スープしか飲んでいないのに、何処にそんな栄養があったのか謎である。
特に胸とか。胸とか。胸とか。弓を操るのには激しく邪魔な胸とか。
「ちょ。跳ねないでくれ。えっと」
「エフィー。です。チーアさんに名前覚えてもらって無いなんてショックですけど」
マジで、記憶に無いんだが。
跳ねる足を止めて。エフィーは俺に背を向けた。
「ん? エフィー? ……ちゃん? 」「……」
彼女はテーブルクロスをまくり、中にいる男をにらみつけた。
「おにい……ちゃん? おかえりなさい」エフィーがニッコリと微笑む。
「いない。兄貴は死んだ」テーブルの下にいた男はなんとも情け無い言葉を放った。
「ふ ざ け な い で 」
少女は。小柄な身体からはとても信じられない怒声を放ち、正座する『兄貴』を散々叱り飛ばすと、
俺とファルコ。アキやアーリィさんやエイドさん。他の冒険者たちに挨拶して。
「ほら、さっさと帰るわよ」「おい。助けてくれ。チーア」
ロー・アースを引き摺って帰って行った。
「なんだったんだ。アレ」
嵐が去り、俺はテーブルに頬杖をつく。
「……」
何故か真っ赤な顔で固まっているファルコ。
ん? ふぁる? もーしもし? ふぁ~る?
「か」
赤い顔の奴は呟いた。
「可愛い」




