エピローグ ただいま。アンジェ
「はぁはぁ」足が重い。白馬に乗ってくれば良かった。
「ぜぇぜぇ」息が苦しい。ちょっと急ぎすぎだろ。俺。
「お待ち下さい。これ以上の神殿内の立ち入りは関係者以外……チ、チ、チーア様?! 」
「様、じゃ、ない。です。カレン」美貌の神官長に微笑んだ俺は力尽きてその場に座り込んだ。
「カレン。水くれ」「了解しました」
慌てて駆けていくカレンを呆然と眺めながら一息。
保存容器を投げ出し、石畳に寝転がる。
冬の風と神殿の石畳が火照った身体に気持ちよい。
木靴の音が聞こえる。小柄な少女の規則正しい足音。
「ほら。ちゃんと帰ってこれたでしょ」「容器。返しにきたぜ。あと、カニもいっぱい」
「そんなところに寝転がって。私の下着がそんなに見たいのかなぁ」
「残念。ここからは逆光で君の顔は解らないんだ。アンジェ」
今日は珍しく快晴。太陽の光で声の主の顔は見えない。
「心配ばかりかけて」「面目ない」
神殿の階段に座り、ミリアから貰ったクッキーをかじり、
つかの間の陽光を楽しむ俺たちにカレンが水ならぬ山羊の乳を持ってきてくれた。
「竜退治に行ったと仰るので神殿の者を派遣しようと」「いらないって言ったの。当たってたでしょ」
アンジェが悪戯っぽく笑ってみせる。
「チーア」「ん」
「ほっぺたにクッキーのカス。ついてる」
アンジェの柔らかい唇が俺の頬に触れた。
……。
……。
「な、な、ななああああああ!!!!!!!!! 」「アンジェ?! 何をしているのですかっ?! 」
アンジェはペロッと小さな舌を出して微笑んだ。
「アンジェッ! そこに座りなさい! 今日と言う今日は淑女の心得と言うモノをッ! 」
キーキーと叱り飛ばす神官長。彼女のヒステリーはいつしか勝手に竜退治に行ってしまう俺にまで矛先が向いていた。
二人で石畳に正座して久々のカレンの説教を受ける。激痛に閉口する俺。
そこにアンジェの唇がまた俺の頬に触れた。
……。
……。
「本当に、本当に、心配したんですよ。ジェシカや高司祭さまも……莫迦娘たちも……」
そういって俺たちを抱きしめて泣き出した神官長を俺たち二人は必死であやす。子供じゃないんだから。もう。
「ガウル様も毎日懺悔に」
あの莫迦親父に懺悔なんてガチで似合わない。気持ち悪いからやめて欲しい。
そういうとアンジェは腹を抱えて笑い出し、カレンは苦笑いした。思うところがあるらしい。
「この世界の何処かには竜大公を名乗る不思議な泣き虫坊やと、彼の名代の子供たちが治める不思議な町があります。そこには自由を愛する人々が集い、仲良く暮らして……」
俺の話をニコニコ笑いながら聞いてくれる孤児院の子供たち。
……。
……。
「そして。悪党が現れると颯爽と現れる竜大公さまっ! 」
俺は文字がかけないので、木版に絵を描いて説明する。大喜びの子供たち。
「りゅうたいこーさまきた~! 」「やっちゃえ~! 」
「天知る。地知る。人ぞ知る。自由を愛するものを護る。
神の使者。竜大公様。只今登場ッ! 竜大公さま。変身ッ! 」「おうっ!! 」
……。
……。
「御疲れさま。チーア」「うん」
夕日が良く見える。冬なのにこんなに晴れている日は珍しい。
「ね。チーア」「言いそびれていたんだが。凄く重要な話があるんだ」
距離を詰めるアンジェに。残酷な事実を告げるのは嫌なのだが。今後の俺たちの関係に必要なことだ。
「俺。おん……」「チーアが何者であっても、どんなことがあっても」
アンジェは俺の腕にぎゅっとしがみついた。
「私はチーアのことが好き」「ちょ」
何処かで夜が近づく鳥の声がする。
「でも、こんなお子様だし、別の彼氏を見つけるかも? 」そう言って舌を出してみせた。
「なんだよ? それ? 」「あのカニの肉ってモンスターじゃないッ! 食べれるわけ無いしっ! 」
いやいや、あのカニが幻の珍味として有名な『ヘルクラブ』なんだぞ。
「次は何を貢いでもらおうかなぁ」「おい。なんで俺がお前に貢がないとダメなんだ」
はしゃぎあう俺たち。その姿を沈んでいく太陽は暖かに見守っていた。
もし。君が適わぬ願いを胸に抱いているのなら。
もし、不思議な冒険者の宿を見つけたのなら。
迷うことなく、俺たちを指名して欲しい。きっと願いは適うから。
ただし、『余計なオマケ』は、ご覚悟の程を。
(Fin)