7 この世界は竜族に満ちている
「しっかし。竜なんて本当にいるのかなぁ」
いるのは事実だが、飛竜や無腕飛竜と違って伝説どおりの竜って言うのは俺の知り合いで見たことのあるというヤツはいない。
いや、約一名。娘の稼ぎを娼館潰しに使った絶倫がいるが、大法螺吹きだしな。
ワイバーンをあのヘンテコリンな銀色の弓の一撃で倒したとか。酒の冗談にもならない。
「いますよ。チーアさん」
竜を名乗る坊やはそういってニッコリ微笑んだ。
闇の中、爆せる焚き木の元、俺たちは魔物の気配に脅えながら野営を行う。
「龍大公の領地は街道から離れているからな」
ロー・アースはそういったが、こんな山の中に街なんかあるのだろうか。
『イルジオンの館』が無ければ可也の日程を必要としたであろう。
「ごはん。できたよ」
「……」「……」「ほう」
一人だけボケた返答をする自称竜の坊や。
ファルコが手に持っているのは彼の身長の半分はあるでっかいムカデだった。まだ動いている。動いてるよ?!
「焼いて食うとおいしいよ~」「楽しみですね」
「「捨てて来い」」
ロー・アースとハモった。くそ。
香ばしい臭いを放つ巨大トカゲの肉をかじり、炒り米を口に含む。
「おいしいのにねぇ」「大変美味です。ファルコさん」
隣で落ち込むファルコと美味しそうに焼いたムカデを喰う少年。
「トカゲは百歩譲るが、ムカデを食わせるな」マジで。
「レーションならあるぞ」「そんなもん、食い物ですらねぇ」
ロー・アースが持ち歩く『レーション』はエルフのレンバスを模した携帯食だが死ねるほどマズイ。
なんだかんだいってムカデを食っているロー・アース。正直、お前も近づくな。
舌を危うく火傷しかねない汁気のある肉汁。
軽くまぶした乾燥香草の粉と岩塩の味だけで食べる。
「竜のおうさまって」ファルコは呟く。
「最近、その姿を見たものはいませんね。ここ600年は」
それ、最近ちゃう。
「龍大公の領地は正直俺もよく知らないのだが、昨今の事情はどうなっているんだ? 」「存じません」
「そもそも、我らは卵を産みません。先代のことは私も存じないのです」「「「ハァ?!!!!! 」」」
竜族に雄雌があることも、卵から生まれる事も周知のことだが卵を産まない?
呆然とする俺たち。何処かで夜の生き物の声が聴こえる。
「竜族がなんたるかを説明しなければいけませんが」
少年はニコリと笑う。
「今、我らが口にしているモノ共は厳密に言えば我らの眷属に当たります」「はぁ??! 」
どうみても、でっかいトカゲやムカデなんだが。
「なので、食するのは気が引けたのですが、我らの糧になるために死した彼らに敬意を払わざるを」
「まて」「まてまて」「ふーん。そっかぁ」
ファルコ以外は一斉に突っ込む。だって。トカゲだぞ? ムカデだぞ?
「竜を見たことがない。そうチーアさんは仰っていますが」
少年は微笑みながら、息を吸ってみせる。
「この一連の行動を『空気を吸う』と言いますよね」「うん」「だね」「ああ」
「『気』は竜なのです」「あ、そっか」「?」「??」
ファルコ以外、「??? 」な俺たちに坊やは説明する。
「古い言葉で空に宿る気を『クウキ』とよび、多くの生物はこれを得て活動します」
まぁ、新鮮な空気が無いと俺たちは死ぬが、竜族って自意識過剰じゃね?
「空に駆ける稲妻は『電気』と言う『気』です。地には同じ力の『磁気』があります」
少年曰く、地下水脈の流れ、人々の運の運気。人々の勇気。ありとあらゆる『気』なるものが『竜』そのものであるらしい。
「昨今は竜の姿を取る者がいなくなりましたが、暴風雨、台風、竜巻、地震なども『竜』なのですよ? 」
既に俺たちは思考停止状態だが、ファルコだけが「うんうん♪ 」とか言ってる。
「そして。貴方達が闘う『魔物』ですが」
「あのような巨大な生き物が通常の速度で動き回れるはずはないのです。特に巨大昆虫の類はそうですね」
少年はそういうと哀れむように手元のムカデを眺めた。
「よって、具現化できるものですらこのようなあさましい姿を取らざるを得ないのです」
……。
「この世界に具現化できず、夢や思い出の中にしか現れぬ者もいますね」
そういえば、あの蝶は夢の中では恐ろしい魔物だった。
「『神気』を得てその近辺で活動を始めるものもいます」「ふぅん」
あの神殿はボロイけど立派だからな。マリアが何者かは結局よ~わからんが。
この坊や曰く、アレは『竜』らしいけど。
「人間が魔導で生み出す魔物どもは? 」
これは普通に魔物で良いと思うが。
「『狂気』の産物と人間は表現すると想いますよ? 」
坊やはそういってファルコの淹れた茶を啜った。