6 カニ買ってきてね
「……」アンジェが目を覚ました。
「チーア。私、変な夢を。なんか幽霊が」「幽霊ではないのですが」「はぅ」
可愛い声をあげてアンジェはまたぶっ倒れた。
「アンジェねぇちゃん。しっかり」「アンジェ。大丈夫だ。噛まない」
ファルコとロー・アース、地味に言いたい放題。
マリアはニコニコ笑っているが、絶対怒っている。とりあえずその手に持った本棚を降ろせ。
うん? この怪力、どっかで見たような気がするが。ま。いっか。
「龍大公? 」ロー・アースは少年をマジマジと見た。
「すけとうだらの珍味」「それは明太子だ。ファル」なんで知ってる。俺。
「竜族の王か」「違います。我らの王は一人のみ」
所謂、竜神である。伝説のみの存在だが。
少年は儚げに微笑むと「名前だけの若輩者ですがね」と自嘲する様に呟いた。
「龍大公殿が人間の王国、それも我々のような卑しい冒険者などに何の用ですか? 」
ロー・アースは普段無礼な態度を取るが、俺と違って礼法が出来ないわけではなく、『しない』だけだ。
冒険者は自分たちを『最初の剣士』の具現者を名乗り、如何な権力にも従わない。
「頭を上げてください。私は若輩者なのですから」
少年は苦笑いして、逆に俺たちに頭を下げてきた。
「お願いします。龍殺しの邪悪な冒険者を倒して欲しいのです」
「はぁ? 」「いやいや」「もきゅ?? 」
……色々ゴチャゴチャしたやり取りの後、
俺たちはエイドさんやアーリィさん、アキに見送られ、龍大公の領地に旅立つことになった。
てか。三人ともなにその表情。どうみても葬式じゃねぇかッ?! アキッ!! 自分で仲介しておいて泣くなッ?!!
「チーアッ! 」アキ。なんだよ。うっさいぞ。
「やっぱ、いいっ。いかないでいいっ! 違約金も私が払うからッ! 」
暴れるアキをロー・アースが止める。「ローも。ファルちゃんも……行っちゃダメ」
はぁ。
エイドさんは辛うじて耐えていたみたいだが、顔色は土気色。
アーリィさんは泣き喚くイーグルをあやしていた。
「チーアッ!!!!!!!!! 」
誰にも旅立ちの日を言っていないのに、
チンチクリンの子供が俺の馬、シンバットに乗ってやってきた。
シンバット。お前裏切ったな?
「竜退治に行っちゃうってッ?! 本当ッ!!!!!!? 」
隣には『あの』マリアと、何故か精霊使いのフレアがいた。俺に謎の微笑を向けて。
「ああ。マジだ。正確には龍殺しの悪の冒険者らしいけど」「……龍。殺し」
まぁ、ガチで龍に勝てる人間なんていないので、龍の眷属を殺した人間程度ならなんとかなるだろ。ファルとローもいる。
「チーア」「ん? 」
アンジェは俺に抱きついた。
「カニ買ってきて」「はぁ? 」
俺のツリ目が丸くなったと思う。多分。
「あそこ、カニが美味しいって言うの。保存魔法の容器貸してあげるから最高級で新鮮なのをお願い」
「あのさ。俺、遊びに行くんじゃねぇぞ? 仕事だぞ? 」「……知ってるわよ」
アンジェの腕が俺を強く引き寄せた。
その声は、いつもの明るい声。
「美味しいカニを買ってきてね。大丈夫。いけるいける。チーアなら」
そういって俺を突き飛ばすアンジェ。
「わかった?! 約束だからッ!! 絶対だよッ! 容器はちゃんと洗って返してねッ 」
そういって手を振り、走り去った。
ポン。
俺の肩に手が乗せられる。泣きながら俺の脛をかじるファルは蹴った。ナニをしている。
「行くぞ。チーア」ああ。わかっているさ。