第十三夢。幕間劇。胡蝶の文に約束を プロローグ(三人称)
今度の冒険は「手紙の配達」。
手紙を運んだ少年達が次々と失踪。
いつしかその館は「呪いの館」と呼ばれるようになっていた。
消えた子供たち、ファルコを追い、チーア、ロー・アースが立ち上がる。
「まったく! 冒険者がなんで掃除のバイトなんてやってるんだよ!! 」チーアがついにぶちきれた。
「無銭飲食」アキ・スカラーはそう返して微笑んだが目元は笑っていなかった。
「食わしてくれ! もう限界だ! って言ったぞ」チーアも負けていない。
「だからっていきなりやってきて、まかないとはいえ
私と母さんのご飯を食べていいって理由にはならないでしょ……」
「貧乏が悪いんだ!貧乏が悪いんだ!」「「いや。あんたが悪いから」」
絶叫する半妖精の小柄な少年。其の髪はとても珍しいことに黒い。
同じく黒い髪だが垂れ目のアキ。眉も若干垂れ気味なので微妙に怒っているのかわかり辛い。
「帰ってきたら娘どころかまかないにまで手をつけているとは……。
バカガキ、さっさと掃除すましてしまいなさいよ? 」「うっせ〜! ババァ! 」
その母は猜疑心の塊のような半眼吊り目であるが充分美人といってよい容姿だ。
「だ〜れがババァだって??? 」「……すいません。言い過ぎました」
「食わしてくれ! 限界だ! 」
そういってチーアがアキの私室を訪れたのは平日の午後のことだった。
ちなみに、本日のアキは非番である。
『五竜亭』の住み込みで働くアキは体の弱い母と二人でこの私室で暮らしている。
「……ノックぐらいしてよ」
アキは呆れて言った。彼女は昼間に関わらずまだ寝間着姿であった。
「それとも、母さんが出かけている今日だから、お姉さんに夜這いのつもり?
ふふふ。可愛いわね。チーアちゃんったら案外おませちゃんかも? 」
そういって自慢の髪にブラシを当てるアキを完全に無視し、まかないを物凄い勢いで食べるチーア。
「じゃじゃっじゃ〜ん! どう? 綺麗でしょ? 」
容姿を整えて振り返ったアキが見たのは、
食い散らかされた自室のテーブルと満足そうに「食った食った〜! 」と叫ぶ半妖精だった。
「……」
アキの目が細くなる。
「す〜す〜」
チーアは安心したのか、早くもうたた寝。
「……ただいま。今日は早く帰れたわ」
チーアには運の悪いことに、アキの母が帰ってきた。
寝間着姿の娘と、テーブルの惨状と、そのテーブルに突っ伏して幸せそうにすやすや眠る半妖精。
「ふえ〜もう食えねぇ……」のんきに寝言を言いながら可愛らしい笑みを浮かべている。
もっとも、その美しい笑みもこの親子には通用しない。
「「起きろ莫迦!!!!!!!!!!!! 」」
「娘とは妙に仲が良いとおもったらまさか昼間に夜這いを仕掛けるとは」
子供だと思っていたから油断した。アキの母が不機嫌そうに言う。
「だから誤解だ!! 純粋に腹が減っただけだ! 」
チーアは本日20回目の弁明を試みたがアキの母は信じない。
くすくすと笑うアキ。だが目元は笑っていない。
「そうだよね〜チーアちゃんは硬派だから女の子に興味ないよね〜。ふっふっふっふ♪
ましてや親子同時攻略とかありえないよねぇ〜♪ 」
アキはチーアが男の子と信じて疑わないが、実はチーアは女の子である。
13-14歳の年齢で胸はまだ未発達。成長期に入ったばかりで我々の世界で言えば141センチと極めて小柄。
さらに母親の血統で中性的な容貌。加えて本人が男性と思われる事にまったく抵抗を感じていないだけのことだ。
「腹が減ったらどっかで残飯でも食ってろ。乞食」アキの母は毒舌を放つ。
「乞食じゃねぇ!冒険者だ!!!」「「仕事ないけどね」」チーアの抗議に親子は冷静に返事をした。
余談だが、この世界は衛生概念がまだ薄く、残飯は貴重な食料であり、
残飯を捨てるという発想は基本的に庶民には無い。
つまり、アキの母は多くは語らないがそれなりの身分だったということである。
「まぁアレだ。店主には話をつけておくから掃除したりメシでも作ってろ」
アキの母はたちまち店主のエイド・ファイブドラゴンズに話をつけ、
チーアを働かせることに同意させた。毒舌だが根は親切な女性である。
「そこらへんがローと仲がいい理由」とアキは後に語った。
毒舌年増美女と無気力男は意外と相性が良いらしい。
アキの母は結構ロー・アースを気に入っているとの事だ。もう少し若ければ再婚を考えたかも知れない。
「これで私達にしばらく休暇が出来たよ。しっかり働きな」
「じゃ、メイさん(アキの母の名前である)、アキ、しっかり休みなよ」
熊か食人鬼か岩鬼だかわからない容姿の店主は
自分では愛想のいいと思っている飛び切りの笑顔を親子に見せ、
「さっさと働け。チーア」半妖精の尻を軽く蹴った。
小声で不満を言う半妖精に「後で飯をサービスしてやる」と小声で伝える。
嬉々として働き出すチーア。見事な人心掌握術である。
「うお〜食材だ!食材があるぞ!腕が鳴るぜ!!」半妖精が喜びの声を上げる。
「頼まれたものだけ作ってね。あとうちの店の味に合わせて」
金髪碧眼の美女が忠告する。アーリィといってこの店の女将である。
本人すら気がついていないが、チーアは実は料理が趣味だった。
ただ、貧乏なので食材がまったく買えないだけである。
そもそも料理を趣味とする習慣自体がこの世界にはいまだ根付いていない。
食堂にはネズミが走り、ゴキブリ交じりの貴族の残飯が食材となり(そのまま出す店も多い)、
若者はカチカチになったビールやエールを水で溶かして飲む。
陶磁器は食器としてまだ浸透していない。「芸術品」として扱われている。
人々は鉄パンと呼ばれるパンをスープの器に使う。
テーブルマナーもまだ発達していない。庶民も貴族も基本は手づかみだ。
盛り付けを行う慣習も一般的とは言いがたい。
このような時代では料理が趣味だという人物はかなり奇特な貴族に限られる。
どうして「貧乏神」とあだ名されるチーアがそのような趣味を持つようになったのかはかなり謎であった。
郊外の森の中の店内はあまり来客が無い。そのドアが開き、「カラン」と鈴がなる。
「へぃ!いらっしゃい!」威勢よく叫ぶチーア。ノリノリである。
「……何をやっているんだ……」
無気力そうな青年剣士・ロー・アースは呆れていた。
「あ〜! チーアがご飯つくってるの〜! 」
幼児にしか見えないがそういう種族なこの少年はファルコ・ミスリル。
「何にするんだ? コンチクショウ! 」「……」
エイドは無言でチーアの頭をど突いた。
「へぇ〜夜這いとはなかなかやるじゃないですか」ローは無気力に言う。
「4倍って強そうだね〜」「違うわっ!! 」わかってないのかカマトトなのかなファルコにチーアはムキになって返事した。
「……結構びっくりした」アキはそれだけコメントした。
彼女は非番なので、今日はロー・アースたちと同じテーブルについている。
その両手にはいつのまにやら必死で逃げようとするファルコが捕らえられていた。
「美味しい」「美味いな」「すっごくおいしい!! 」
アキとローとファルコが叫ぶ。チーアは自慢げに鼻を鳴らした。
「本当にこれは残飯を作り直したものなの? 」
周囲の冒険者達が感嘆の言葉を放つ。「こりゃおかみさんに匹敵する」
「やばい。本当に美味い。俺涙出てきた。これ実家の味だよ。没落さえしなければ……」
店の客である百戦錬磨の荒くれ者どもがあまりの美味への感動に包まれている。
「(給料上げないと駄目だな)」エイドは心の中で呟いた。
「チーアちゃんすごいね〜。はいコレ」
チーアは眉をひそめた。どう見ても女物の黒いワンピースと白いエプロンだ。
車輪の王国の人々はこう信じている。
木綿の輸出元の異国では野草に小さな羊が生えていてその羊から木綿が取れると。
その絹より高価な木綿を惜しげもなく利用し、ご丁寧に白いフリルまでついている服。
「給仕用の服だけど?」アキは小首をかしげてみせる。
「いやいや。俺にそんな格好させる気か」「小柄で細身だし似合うと思うよ〜」
文句を言うチーアにアキはにじり寄る。「あ、この服、超高いから注意ね」
「俺ぱんつはいてないし! ズボンしかなかった! 」「安心して。私もはいてない」
健康上の理由だとのことで、アキは下着を身につけない。
「俺冒険者だし! たのむからそれ持ってくるな! 」チーアの抗議にアキは艶然と微笑む。
「未来のヒーローが女装してたとか、かっこいいかも〜♪ 」
「な、わけあるかぁああああ!! 」
アーリィは楽しそうに「私が子供の頃の下着ならあるわよ♪ 」と告げた。
チーアの絶叫が響く。
遠くから三時を告げる神殿の鐘が鳴っている。
美貌の少女? が自ら焼いたケーキを冒険者達に振舞う。
杯が交わされ、黒い服の少女? が楽しい歌を歌う。
少女? の飛び切りの笑顔を胸に冒険者達は旅立つ。
其の中に新たな趣味に目覚めた男達もいなかったとかいたとかとのこと。
前回借金を返済しきったはずのチーアが何故か貧乏に戻っている件。