エピローグ 野辺に咲く花たちのように
俺とロー・アースは珍しく真剣な会話をしていた。俺の進退についてだ。
「もう、お前は冒険者をやる理由はないだろう? 」そうなのだ。
借金漬けだと思い込んでいた俺は5ヶ月以上に渡って冒険者の真似事をしていたことになる。
「それを言ったら、ファルコはあの性格だからともかく」てめぇはどうなんだ?
そう聞いたら適当にはぐらかされた。
「ほら」甘く苦い飲み物を渡される。『ココア』とか言う媚薬の一種らしい。
……辛い事も。悲しい事もある。あった。けど。けど……。
『冒険者』を辞める。あれだけこんな命がけの仕事嫌だと思っていたのに。言っていたのに。
何故か、その一言を彼に告げられない。
「なぁ。ロー・アース」エイドさんが話しかけてきた。
『五竜亭』の中は閑古鳥。そんな日ですら俺らには仕事はない。
ファルコはどっか荒野を駆け回っているんだろう。
「最近、餓鬼族の動向が良くないって言ってたよな」「ああ」
「沈静化した」「は??? 」「だから仕事がない」マジで??
「……何がどうなって??? 」マジ、どうなってるの?
「妖魔族に強力な王が出現した。ロ・アの再来を名乗っている」……おい。それ。
「人間と積極的に争わない。勢力を拡大し、『妖魔の森』の妖魔種と合流する。
攻撃を受けたら苛烈な反撃を与えるが、あちらからは攻めない。
税金らしい税も無い。餓鬼族なのに人間の奴隷を苛めることは無い。むしろ大事にする。
領主のいない村ではいくつかが彼らの勢力に入ることを検討しているそうだ。
しかも、餓鬼族の癖に農業をやるらしい」はい???!!
「それがなかなか具合がいい作物らしくてな。
元になるのは葉っぱで、連中からするとまずくてたまらんらしいが、
その不味い葉っぱを植えて、連中の糞をかけると枯れずに短期間で育つそうだ」
まて。それってフレアにもらったシューロの。そういえば俺、連中の前で。
「そうすると、連中からすると美味い、栄養豊富な実がなるそうで」
……。
「餓鬼族ってフチャ? だっけ? 悪趣味なもんを呑むとか、何でも食う印象しかないなぁ」
俺はぼやく。アレ、超不味いし不潔だ。俺らの爪もクレとうるさかったし。
エイドさんはそれを聞いて思い出したかのように薀蓄を披露する。
この熊もどきは意外と教養があるのだ。
「爪を煎じて呑むと、そいつの知性を一部受け継ぐって言い伝えが連中にあるそうだな。
実際、連中の子供は腐茶を飲むことで親の狩の技などを受け継ぐらしい」
……。
「「「ふははははっ!!! 」」」
大笑いを始める俺たちに不思議そうなエイドさんやアーリィさんやアキ。
どうもあのメスは相当な傑物だったらしい。
「ロ・アの妻と子」の帝国の台頭は却って平和を生んだとのこと。
「おもろいねぇ。ろうやちいやも貰うといいの!」「どういう意味だ」
いつの間にか帰ってきたファルコが蜂蜜入りの暖かいヤギの乳を飲んでいる。
態度が悪いとか喧嘩ばかりしてるってことか?! そうなのか?
「でも、ぼくは腐茶よりこっちがいいの! 」
ミルク片手にファルコはにっこり微笑んだ。
「あ。俺もくれ。アキ」俺もミルク欲しい。
「俺も頼む」「了解! サービスします! 」
『やった! 』俺たちは一斉に喜びの声をあげた。
「ふふ。チーアも元気になったみたいね。……実はもう次の仕事が来ているのよ? 」
微笑むアーリィさんはマジ天使。後ろの悪熊さんは無視として。
『冒険者を。辞めます』
そういえば。終わる。終わるはずだが。
――― チーア ―――
「なんだ? ショーン? 」
彼は黙って俺に小さな白い花を押し付けた。
「なんだこれ? 風邪薬か? 」何処にでもある野辺の花だが、俺はこれの効用を知らない。
「風邪薬じゃない」「ん? じゃ疲労回復効果でもあるのか? 半妖精は疲れが溜まり難いんだぞ? 」
「そうじゃないんだ。チーア」「……うーん。わからん」
「指輪。無駄になったって」「ああ」
俺とローの結婚騒動。結局、アレはファルコの狂言が元で男と男が結婚する茶番をやったと皆には認知されている。
「ぼく。じゃ。だめかな? 」「は? 」
「大事な人一人護れない。君みたいに勇気があるわけでも優しいわけでもないけど」
意味わかんねぇぞ? ちゃんと言え。ショーン。
「アレなら、お前だけ冒険者辞めてしまったらどうよ? 村まで送るぜ? 」
「魅力的な提案だけど。断る」はぁ。あんだけ泣いて帰りたい帰りたいって言ってたくせに。
「チーア。僕はさ。ただ咲くだけで皆の微笑みを作る。
たとえ散っても畑が元気になって皆を元気にしてくれる。そんな野辺の花になるんだ」
「お前のいう事はイマイチ解り難いんだが」
学の無い俺は頭を掻くしか出来ない。
「餓鬼族退治。終わったら。僕の妻になってくれないか? 」「ハイィ??! 」
慌てふためく俺に彼はウィンクして去っていく。
「慌てるつもりはないし、何年でも待つし、君にふさわしい男の子になってからでもいいから」
――― 考えていて。欲しい ―――
「マジ? 大歓迎!! 」
逡巡なんかしなかった。たぶん、即答できたはずだ。
「わーい! 」「お。どんな仕事だ? 」二人が明るく答える。俺も一緒に笑う。
「へっへ~~ん! 凄いわよ! あのね! あのね! 」アキが堰を切ったように喋りだす。
「偉大なるロ・アに乾杯! 」「かんぱい! 」「……なんだよそれ……」
不機嫌そうな。それでいて心配げなロー・アースを見てふきだす俺。うん。俺は大丈夫。きっと大丈夫だから。
「俺らの新しい冒険の成功を祈って! 」「乾杯! 」「なの! 」
おれたちは今日もたっぷり呑んで、たっぷり騒いで、たっぷり殴り合って、たっぷり寝る。
きっと大丈夫。きっと俺は大丈夫だから。……だからおやすみ。キャル。
ショーン。俺たちはお前のように。
野辺に咲く花のように。ささやかに咲いて人に微笑みを。
野辺に咲く花のように。散っても人を護っていくだろう。
三人で飲んだ甘い甘いミルクは、ほのかに涙のしょっぱい味がした。
もし、郊外の森の中に小さな冒険者の店があったら。
もし、その料理の煙の匂いに惹かれることがあったのならば。
迷うことなく俺達を指名して欲しい。きっと、願いは叶うから。
ただし、『余計なオマケ』については自己責任で!
(Fin)