9 誰が泣くものか
「チーアはまた泣いているの?? 」
アーリィさんの声。うっさい……泣いてなんか無い……ぐずっ。
倉庫代わりになっている『五竜亭』の客室の一室だが、壁が分厚くて人間の耳には何が起きているか解らないという部屋に
俺はいる。
「うん……」「ああ。ショックだったらしい」二人の声。
「まだ、子供だもんね……」アキの声。誰が子供だよ。泣くぞ。ううう。
「……確証が無かったんだ。済まなかった」「いや。おかげで三人は生きて戻ってきた」
あれを生きてて良かったっていえるのかよっ!!!?? 俺は大声を上げて泣き出した。
――― 俺たち? 『夢を追う者たち』って言うんだが ―――
「疫病神って言う噂のっ? 」
「「「余計なこと言うなっ!!! 」」」俺たちに叱られてしょんぼりする6人。
「おら、光るって聞いただ? 」「おらは回るて?! 」「僕は音が出るって」
「でもかっこいいだべ。おらたちもかんがえるべ」「『野辺の花たち』とかどうかな? 」
「ショーンはいつも花だな」
「野辺の花って凄いんだよ? 冬でも強く咲いて、植えるだけで畑も元気になるんだよ?! 」
「ショーンは学があるわ! オラはそれでいいべ? 」「花なんてカッコわるいぜ……」
あの村は、後で知った話だが何年かして滅びた。
噂が広がって誰も助けにいかなくなったのと、もともと寒村だというのもあるのだろう。
あと、ロー・アースたち曰く、食人鬼を見かけたそうだからそれかも知れない。
あるいは本当に疫病が来襲したのかもしれない。
『領主がいない』
俺たちから知り合いの伯爵づてにそのことを聞いた悪徳領主が私兵を率いて『領地』にしたのも一因があるとおもう。
おっちゃんは慈愛神殿の施療院で狂気を戻す祈祷を受けたが。……更に狂ってしまった。
狂気っていうのは心を保護する力もあるらしい。
仮に正気を取り戻しても彼らの末路は物乞いをしながら飢え死にか凍死を待つだけだ。
手足のほうはロー・アースの知り合いの腕のいい闇司祭がなんとかしてくれた。
精霊使いで『五竜亭』の冒険者のフレアが助け舟を出し、結局三人はフレアの『永遠の眠り』を受けることになった。
傷ついた心は眠りによって癒されるらしい。
『永遠の眠り』に囚われたものは、水の中でも溺れず、食事も取らず、歳も取らない。
悪意をもった者が触れようとしても幻のようにすり抜けて危害を与えることも出来ない。
ただ、永遠に眠り続ける。幸せな夢を見ながら。
このまま、何年も、何十年も眠り、その後正気を戻す祈祷を受けるのだ。
「綺麗だよ。キャル」
再生の術を受け綺麗な身体に戻ったキャル。綺麗な心で目覚めな。
黒髪黒目の半妖精に愛されたものは幸運が訪れるなんて嘘だと思うが、
一人の女性の幸せを奪った村人たちには等しく天罰がくだった。
呪いの力は闇司祭たちの高位の力とされるが、そんなことは無い。
善、悪問わず。神様は気まぐれにその加護を与える。
一人の女性の心、身体、人生、夢、恋人との甘い生活の希望。
それらを打ち砕いた村人への呪いはいかばかりだったのだろう。
結果的に彼らは神や悪魔の加護を得られぬ体になった。だから医者が必要だったのだ。
俺は彼らに化粧を施し、精一杯の晴れ着を着せてやる。
晴れ着は徹夜で泣きながら作ったわりには良くできたと思う。
――― スカート、縫い方おしえてくれっか? ―――
あ~。うん。出来なくは無い。
「刺繍、糸いっぱい買ったわ!きれいにすっる!」……見本見せてやるよ。
「きれい?きれい?おれきれい?」ああ。最高。どんなお姫さまだって敵わんよ。
……。
……。
「いいだろ。おっちゃん。これでモテモテだぜ? ゼシカ。……綺麗だぜ」
キャル。……ほんとうに、本当に綺麗だぜ。
どこのお姫さまだってかなわねぇ……ジールも惚れ直すって。ああ。
「埋めるぜ」
ロー・アースは彼らに土をかける。
このまま彼らは人の手の届かないところで眠りつづける。
また会う時を楽しみに。しばらくはお別れだ。キャル。