7 腐茶
激臭で意識が戻る。
目の前にはわけのわからん臭いを放つ液体。なにこれっ! 臭いっ!!? 死ぬっ
?
「腐茶だ。意識や魔力の回復の効果があるそうだ」ロー・アースは何事もなさそうにソレを呑んだ。
吐くぞ。お前。やせ我慢してるけど顔が青い。……あ、遠くに走っていった。
うげげ……すんげぇ不味い。心配そうな(? )餓鬼族の女が気を利かせて作ってくれたらしい。
「あのね。動物の虫歯とか、餓鬼族の爪の垢たっぷりの爪とかでダシ取るんだって! 」ぶっ!!
ゲホゲホと咳き込む俺を介抱する餓鬼族たち。どうも俺は「王」の家来二号らしい。
「ちからないのにね」ファルコはそういう。「ぼくはわざの一号なの! 」ようわからん。
「……ジールたちは餓鬼族を倒した。んだよな」「うん」「ああ。間違いない。容姿も一致する」
尤も、餓鬼族にわかる容姿というのは着ている服の色や装備くらいなのだが。
俺たちで言えばサルの顔の見分けがつくかと言うのと同じだ。俺にも餓鬼族は皆同じ顔に見える。
「……じゃ」
がたがたと身体が震える。別に寒いわけではないはずなのに。
「だれが、ジールたちを殺したんだよ……」「……もう解っているだろ? 」「うん……」
「だって! だって! ジールたちは!! みんなを……世の中の皆を守る為にっ! 」二人は顔を逸らす。
「王様になって、野党と金貸しを死刑にして、貧農の皆に美味しいものをいっぱい食べさせるって! 」
「……」「……」
「病気をただで治す施療院を作りたい……って……」
「……」
「け、結婚して幸せになるんだって……引退して息子代わりのジールの子を抱きたいって……」
「お、俺、スカート縫うのを手伝うって……」
「もうやめろ」「うん」
「なんでだよっ!!!?? なんでなんだよっ!!!!! ……舐めんな。舐めるなボケェェェ!!! 」
……。
……。
「何から話せばいい? 」「……全部」
なんとか落ち着きを取り戻した俺に二人は語る。
「ねね。入ったところ、テーブルあったよね」
大きなテーブルは貧農の村にそぐわないとは思った。
料理が置いていたから気にしなかったが。アレが食えなくて残念だ。
「長老たちはこっち側に来なかったよな」「はくしゅぐらいしるの」
拍手してどうする。握手だ。あと汁じゃない。
「お前……なんともなかったのか? 」 はい? シラミと南京虫だらけの夜具しかなかったな。窓も無いくらいで。
「……」「……お前、虫に刺されたりしなかったか? 」
「半妖精の血は不味いのか、今まで虫がついたことなんて無いぜ? 」
なんだよ。やけにほっとした顔しやがって。
「……」「……まど(窓)とかついてた? 壁はぶあつかった? ち とか へこみ とか 天井にあった? 」
……ちょ! そこまでおぼえてられっか??!
「……うん。だね」「食わなくてよかったよなぁ……」
お前らだけで話するな。餓鬼族の四匹も不思議そうにしてるじゃないか。
「……まぁ……食人鬼を倒した後、俺たちはこっそり村まで戻ったんだが」「うん……」
小柄で身隠しの技に長けたグラスランナーや魔導士には難しくもない。
「……おっちゃんが」視線を落とすファルコ。
「おっさんは? 」
ジェイクは14の時に両親がいなくなり、5人の弟や妹を捨てて街に出たそうだ。
捨てて殺した弟たちの負い目か、自分では子供に優しくはないって言っていた。
俺やファルコを可愛がってくれたし、俺の悪ふざけやファルのイタズラには本気で叱ってくれていた。
(6人かかりでも彼らはファルコに敵わない筈なのだが、ファルコも正座して聞いていた)
「えさになってた」……はい? なんて言った?
「豚って雑食なんだよな。足の悪いあいつは追っ手から逃げ切れなかったんだ」
「ほとんど脚なくなってた。てもゆびから」
「頭もおかしくなっててファルコがいくら呼びかけても」「おっちゃん……」
「ショーンはジェイクと一緒にいたな」「ショーンにいちゃん。死んでいたの」
「豚にも食われていたが、殴打の傷が酷かった。あれは日常的に行われていたんだろうな」
「最後までおっちゃんを助けようとして自分の癒しは最低限にしたみたい」
「直接の死因は殴打だ。豚じゃない」……!!
――― もうちょっと走りこめよ。神官は重武装しても手足が無くなっても癒しは使えるんだぜ? ―――
「チーア。僕は鍬だって重いって思うんだよ? 」泣きそうなショーン。
「ほんとにお前神官の子か? 慈愛神殿の高司祭さまなんか一人でザクザクと畑耕してしまうぞ?
格闘だってめっちゃ強いぞ。防具をつける気がないなら荷物もちはお前だな」
「酷いよ。チーア。僕は知識神様の神官なんだ。慈愛神殿の人と一緒にしないでくれ」あん? 舐めんなインテリ?
「だいたい、僕より君のほうが男らしいってどうなの? 」キャルのアホウ。喋りやがったな。
肩で切りそろえた髪と少女を思わせる容姿の彼は別の意味で他の荒くれたちから人気がある。
「じゃ、俺より男らしくなればいいじゃねぇか」
俺が突き放してやると彼は苦笑いした。
「……君ほど無謀で仲間想いにはなれないよ。
僕は傷が治せるってだけで無理やりジールに連れてこられたんだしね。早く村に帰って花の世話をしたいんだ」
「お前等の村って貧しいんだから食い物にしろよ」「花って凄いんだよ? 」
コイツが花の合言葉だの伝説だのを語りだすと止まらないので俺まで詳しくなってしまった。
農作物に役立つ花や薬草としての効能、精神に与える影響の話は非常に参考になったが……。
「そんなに花が好きなら花屋になればいいだろ」キャルも好きだし。
「ははは。でも僕みたいな女々しい奴よりキャルはジールが好きなんだよ」そっか。
「キャルが苛められているのに僕は何も出来なかったんだ。だから」がんばれ。
――― チーア。指輪とかいるか?魔導士の杖の効果もあるんだが ―――
「盗品だろっ!? 」俺はおっちゃん。……ジェイクに噛み付くように怒鳴りつける。
「失礼な。もらったんだ。相手にはちょっと黙ってだが」「待てコラァ?! 」
「ははは。さわぐなさわぐな。まあそれくらいはねっかえりのほうがいい嫁になるけどな! 」「誰から聞いたァ?! 」
俺たちの偽装結婚騒ぎの際、丁度いい指輪が無いと悩んでいた俺にさっと指輪を貸してくれた。おっちゃん。……ジェイク。
「えっと……あと、ジールにいちゃんとジョージにいちゃんはよくわからないの」
「たぶん、食事か夜具に仕込みがあったんだろうな。寝込んだところを吊天井で」
――― ゼシカ。ゼシカ。機嫌をなおしてくれよ? ―――
「おだシラネ」ゼシカはジョージからプイと顔を逸らした。俺と目が合う。彼女は悪戯げに微笑んだ。
細身の長身、端正な顔立ち。田舎育ちの割には妙にインテリ臭いジョージはショーンと一緒に出てきたらしい。
故郷に帰りたいと嘆くショーンや能天気なジールに振り回されながらジェイクと一緒にチームをまとめていた。
結果的に恋人のゼシカの相手が疎かになってしまって、やきもち焼きのゼシカの機嫌を損ねていた。
そもそもアイツもてるし。
「ゼシカぁ? だいたい、ショーンがいくら可愛いってったってアイツ男なのに」
「わかってるぺ。……ショーンが帰りたいって言ってるのも。ちょっとすねてやらんとアレはダメじゃ」
要するに、気を引く演出は重要らしい。戦神の信者(狩人には珍しいが)にとって結婚生活もまた戦いらしい。
「ゼシカ……は? 」「ゼシカねぇちゃんも『生きてはいた』よ」
「腕と脚の腱を潰されて舌も切り取られていたがな」「男をみると怖がって」
――― 豚は賢いし、綺麗好きだし、人に懐きますし、可愛いしなぁ ―――
「ですね!! 最高に良いですよ! こうヒィヒィ言わせてね! この間のは若くて具合が良くって! 」
村人たちはそういって下卑た笑みを一斉に浮かべていた。つまり。
俺は眩暈がした。視界が暗くなる。まちがいない。あの目は。
「……ジールは生きていたぜ」
「ほう。そうか。つり天井があの大広間とお前の泊まっていた部屋にあったからてっきり」
「糞尿で豚を飼う実験? 糞の沼に突っ込まれていた目が……今思えばジールの目だった」
「……」「……」
「"王様 人間 たおす"」楽しそうな餓鬼族の女。
とても。いい提案だ。ああ。魅力的だよ。素晴らしい。でも。
「俺、半分は人間だからな」
最近の研究では現実世界の南京虫は病気を媒介しないようです。(公益社団法人 日本ペストコントロール協会著『家に入れない! 刺されない! トコジラミ完全対策BOOK』より)