2 餓鬼族のジレンマ
「まったく! ふざけるなよ!!! 」俺はいまだおさまらぬ怒りを二人に当り散らしていた。
「……レーションが不味いくらいでこんなに怒れる奴も珍しい」「あんなの人間の食い物じゃねぇ! 」
「そうおもったら作り直すとおいしいの~ちーやのごはん♪ おいしいの~♪ 」
「うっせ~!そんな気分じゃねぇ! 」
「はぁ……エライ主人を持ったな。お前も」ローの奴がため息をつくと俺の愛馬が嘶いた。
思わず蹴りを入れかけたが流石に馬に八つ当たりするほどバカではない(暴れ馬だし)。
「らいと~。よしよし~♪ 」ファルコは自分の驢馬に名前をつけて可愛がっている。
冒険者には二通りある。馬や驢馬を可愛がる奴と道具として使い捨てる奴だ。
正直、後者のほうが正しいのだろう。
が、二人と俺がなんとかやってるのは俺を気遣って不利を承知で馬を狙わない所もある。
いつぞや聖騎士どもとくだらない理由で大喧嘩したが、二人が馬を狙っていればもう少しマシに戦えたのではないだろうか
。
「しっかし凄い荷物だな」村ひとつ分の必要分を満載すると必然的にそうなるが。
「シンバットもライトも頑張ってくれてるね~えらいから村についたらリンゴあげるね~! 」
機嫌よさげな驢馬を見ているとイライラしているのがバカらしくなってくる。
余談だが、馬にニンジンという話は俗説であり、どちらかと言うと甘いもののほうが好きだ。
あんな辛いものを好む馬は珍しい。と思う。
「あの日だからねぇ~」「そっか」ん???
「……あの日って何だよ? 」「あのひあのひ」……。
「ちゃうわっ!ボケッ!!!!」「あ"う"いいいいい"~~」
「……お前ら騒ぐな……」
街道に俺の怒声とファルコの悲鳴が響いた。
『イルジオンの館』を使えば何日もの日程すら短縮できる。
近くにそれなりの広場のある都合の良い森があれば。だが。
「ようこそ勇者さま」
村の長老は思いのほか早くやってきた俺たちに歓迎の意を表した。
「粗末ながら精一杯の料理を用意しました」
ささやかながら食事が出てくるが。
「申し訳ありません。我々はご好意のみ頂くように店主より命じられています。
皆様、特に女性や子供に食べていただければ我々にとって何よりの幸せです」
餓鬼族退治に限らず、アホウな同業者が貧農の村で退治の仕事もせずに村でバカ食いしつつ村娘に暴挙を行いながら居座
る例は少なからずある。
いちいちそういう不届きものの討伐を行うよりはとエイドさんが仲介する冒険者は滞在分の食い物や水を支給されている。
勿論、これこそ横領可能だが、腹を空かせた子供の横で飯をバカ食いする趣味はない。
長老は「せっかく用意したのですが」と嘆くが、これは儀式みたいなもので、
俺たちが村のモノに手をだしたら店主に通達が行くことになっている。
いい加減に見えてエイドさんは信用第一な人だ。勿論その信用第一は俺たち冒険者にも還元されている。
妙にきょろきょろ見合わせる二人。……落ち着き無いぞ。話の途中だろ。
「……早速ですが餓鬼族のことを」ロー・アースが切り出す。
街道を歩きまくってやっとついたのだから一休みしてから話したいのが人情だが、
支給された食料は必要最小限なのでさっさと済ませて帰ってこないといけない。
ヤクザ者がいつまでも村にいたら皆いい気がしないだろうし。
「ふむ……餓鬼族は昔から山奥におるのですが」
昨今、村で作物を盗むことが増えているらしい。
普通、お互いの領域が暗黙のうちに決まっているのだが、
ほっておくといくらでも調子に乗るのも餓鬼族にはよくあること。
作物くらいならまだマシだが、そのうち村人も食いだすので早めの掃討を必要とする。
餓鬼族のジレンマってのがある。餓鬼族の巣を殲滅するのは出来る。
だが「泣いて命乞いすれば助かる」と知っている身重のメスや子供の餓鬼族を殺せるかという問題だ。
餓鬼族は反省とか愛情とか正義とかそういった感性がもとより無い種族だ。感謝の心もない。逆恨みはするが。
加えて餓鬼族は繁殖力に優れ成長も早い。子供も俺たちより遥かに早く戦力に組み込まれる。
絶対に殺さなければいけないのだが、見逃してしまうものは後を絶たない。
慈愛神殿の知り合いに聞けば、「可愛そうだが殺すしかない」と言われた。
そもそも憐憫の感情すら連中にはないと。
一応、慈愛神殿は慈愛の神だが自衛のための戦いは認めているので、先に禍根を絶つのも悲しいが必要だとのことだ。
もっとも、今回俺がこの冒険に参加しているのは、村人の自衛を助けるためではなく、ただの復讐だ。
……女神さま。俺はただの醜い人間なんです。
俺が有名な「餓鬼族のジレンマ」のことについて想いを馳せている間、
ロー・アースと長老の話は続いていた。
「巣は解りますか? 」「……洞窟がいくつもありますので、そのどれかと思いますが」
ようするに、常に飢えているのであっちこっちしていてわかりにくいらしい。
下手に近づいたら食われるのである程度以上は山には近づかない。賢明な話だ。
「では、偵察で巣を突き止めてから夜明けを待って発ちます」「ご武運を」
「いってくるの! 」「しっかり留守番しておけ」……。
「あの!俺も行くぜ?俺のほうが山道は得意だし、俺狩人だし!」
「こほん」長老は俺の注意を引いた。
「あなたはお医者さまだと伺っておりますので」残って下さい。釘を刺されてしまった。