9 泣いているじゃないか。救いを求めているじゃないか
俺は情け容赦なく、男に矢を放った。しかし、その矢は軽く弾かれる。
「ふははははっ?! 風の精霊の力を得たアスラの『腕』に護られた私を殺すことは出来んっ! 」
「やれ。アスラ。ウジムシどもを殺せ」
「おぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!」
鎌鼬が、電撃が、炎が。氷が、水が、石が。
ありとあらゆる攻撃がアスラの『腕』から放たれた。
「アスラ。やめなさい」
「……『やさしきだいち』っ?! 」片腕を喪った彼の『母』は俺たちを庇って。倒れた。
「『やさしきだいち』ッ!? 」「おねぇちゃん! 」「しっかりしろッ! 」
「アスラ、思いっきり泣いたら……」彼女は眠りについた。
「おぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!」
「てめぇ?????? 」「ふはははっ? アスラは私の命令を全て聞き入れるように『作った』!! 」
「この、ド外道がああああっ?! ……おめえらぁああああっ?????! 」
一斉に網が、ロープがアスラと、男に飛ぶ。しかし、鋼鉄のロープすらずたずたにされていき。
「うわあああああああっ!!! 」血と共に、皆沈んでいく。
「『しんえんなるうみ』ッ! これ以上罪を重ねるなっ?! 」
何処からか取り出した輝く剣をもって、男、『しんえんなるうみ』に突進する『あかるきおおぞら』。
その一撃は、館の壁に『しんえんなるうみ』を縫い付けるも。
「我を癒せ。アスラ」
「おぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!」
ボコボコと傷が癒えていく、『しんえんなるうみ』
「アスラッ!!!!!!! 」俺は矢をつがえ、アスラの眉間に……。
アスラの瞳が、涙を流している。俺を見ている。
一瞬の迷い。間にロー・アースが入る。
あれ。なに。これ。水? ……ロー。なんだ。寝てるのかよ?
あれ? この水、赤い……ぞ。
「ロー? 」
俺の脇を抜け、駆ける稲妻のような影。
「あすらくんっ?!!!!!! 」
ファルコ。だめ。
「死刑ッ!!!!!!!!!!!! 」
ファルコの短剣が、アスラの眉間を狙い違わず射抜こうとする。
「ファルコぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 」
グローガンの声。ファルコの突進が止まる。
百の腕がファルコに迫るも、ファルコはその腕の上を激しく蹴って宙に舞う。
「おぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!」
天井を蹴り、もう一度、『アスラ』の眉間を狙って迫るファルコ。
其の動きが、砂時計の砂のようにゆっくりと、ゆっくりと見える。
「やめろおおおおおおおおおっ?!!!!!! ファルコッ!!!!
泣いているじゃねえかああああああああっ!! 救いを求めているじゃねぇかぁああああ!!!
お前らは、お前らは、アスラにッ!!!!!!!!!! 」
グローガンがファルコとアスラの間に割りこむ。
「ぐろーがん。の、おっちゃ……」「好かれて……いるんだ……」
ファルコの短剣はグローガンの背に深々と突き刺さった。
「頼むよ……『夢を追う者達』は。
どんな願いだって。適えてくれるだ……ろ」
呆然とするファルコの小さな身体は百の腕によって粉々に砕かれて宙に舞った。
グローガンの筋肉で覆われた身体は赤い水だか固まりだかの姿に変わって吹き飛んだ。
「ふははははっ?! 」
笑う『しんえんなるうみ』を矢が尽きた俺は呆然と見ていた。
血、血、血……。俺だけ一人。なんで立ってるんだろ。あたしだけ、なんでいきているのかなぁ。
「よく見れば貴様、黒髪黒目の半妖精ではないか。
貴様を取り込めば。ますますアスラは強くなるぞ」
俺の髪を掴む、『しんえんなるうみ』。ああ。そういうことか。迷信迷信。それ、迷信。
『アスラ』の背中がボコボコと脈打つ。
髪を掴まれた俺はその背中に導かれ。「糧になれ」
「おぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!」
あ~あ。嫌だよな。俺も嫌だわ。アスラ。なんで俺たち、闘ってるんだろうなぁ。
泣くなよ。アスラ。ごめんな。情けないよな。俺ら。
「おぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!」
『泣いているじゃないか。助けを求めているじゃないか』
グローガン。俺には、無理だったわ。
『私の言うことを聞くように作ってある』
『魔法で、赤ちゃんをなんとか出来ると思っているのですか? 』
クソッタレ。外道め。
『愚図ったりしてる子を宥める魔法じゃねぇ』『"平和”があるじゃないか』
死ぬ前に色々思い出すって、本当だな。わり。ファルコ。ロー・アース。
……。
……。
あ。慈愛神殿だ。持祭のジェシカに説教されてら。俺。
『まったく。また喧嘩ばかりして』『しかたねぇじゃん。ジェシカ』
『まぁ殴ったほうが早いですしねっ! 』『だろっ?! 』意気投合する俺たちに。
『だから、二人とも、"平和”が使えないのです』『カレン、それいいっこなし』
すぐ手が出ることで有名な侍祭、口うるさいが暖かい神官長。
あ~。同僚に謝ってないなぁ。ごめん。
『いいですか? チーア。ジェシカ。
あなたたちは暴力で物事を解決しようとばかりするからいまだ"平和”の奇跡を授けられないのです。
大好きと思う気持ちを素直に。神に、皆に告げてみなさい。
争いたくない思いは必ず届きます。
そうすれば魔法など使わずして、我らの"慈愛の女神"は"平和”の奇跡を授けてくださいます』
そういって微笑む黒髪の女性。高司祭さま。それに同意するカレン。
大好き。か。ボコボコと波打ち、触手をもって俺の頭を包んでいくアスラの身体。
アスラが泣いている。……アスラ。ごめん。助けられなくて、怖かっただろうな。苦しかったろうな。
なぁ。みんな。信じてくれないだろうけどさ。
体中を砕かれたファルコ、血の海に沈んだロー・アース、ヤクザ者一家。
俺たちをかばって倒れた上位巨人族の夫婦。エイドさんにアーリィさんにアキ。
気の良い冒険者連中。今まで会った人たち。アスラ。
『大好き』
そう、小さくつぶやいた。ボコボコと波打つ肉が俺の頭を取り込んでいく。
柔らかくて、暖かい気持ちが、俺を。周囲を。包んだ。