8 猫は金貨に興味を抱かず
「当然だっ! 人間めっ!! 覚悟しろっ!! 」
商人の家から逃げ出してきた黒猫は人間の言葉で怨嗟の声を上げた。
『五竜亭』の陰に潜み、不意打ちの機会を伺っていたらしい。
……狩人の俺がまったく気がつかないなんて。怖ろしい敵だ。
あのまま『五竜亭』で巨大化されたら。
あのまま寝込んでいたら俺はさておき、アキやメイまで殺されていたかもしれない。
俺はあの明るくて口やかましい二人に何かあったら。そう思い。恐怖した。
今後、酒は控えよう。
しかし、開けたこの空間ならこちらに勝機はある。
ロー・アースとファルコは襲撃を敏感に察知して、戦場を皆の迷惑のならないフレアの広場に移した。
俺たちの切り札をもってすれば、この強敵に打ち克つ事もむずかしくはない。
ファルコ?! イヌハッカの棒頼むっ! 」「ない」
ファルコはあっさり答えた。……え~と。
「というか、アレ、魔物にあれだけ嗅がせると耐性つくよ? 普通の猫さんでも10匹中3匹は効かない」
……おい。
「マタタビの粉は??! 」
「ぜんぶつかったからメイさんに補充頼んでいるの」
……ちょ……。
一気にトラサイズに膨れ上がる猫。
「うわっ? 」「ひゃ?? 」「きゃ?? 」魔法まで使うのかっ?!!
強烈な雷、炎、吹雪。強靭な毛皮に大木をやすやすと切り裂く爪。
あっという間に追い詰められる俺たちだが。
「コレが目にはいらねぇか??! 」「! 」
返却するつもりで持っていた楽器だ。やけくそでかき鳴らす。
ベンベン! べべん! ベンベン!! べべべべ!
「やめろっ! やめ……! 」
楽器にされた猫の怨念が籠もった楽器の音色に魔力を失い、黒猫の姿に戻る巨大猫。
ガタガタと震えている。今ならっ?!
「よせっ!? 不用意に近づくなっ?! 」へ?
ズパァ!!!
とっさに手持ちの鍋で防いだが、鍋が真っ二つ……。
「そいつの爪は鉄の鎧でもスパスパ切れる」おいおい……。小さい分逆に戦いにくいぞっ?
剣を、弓を、短剣を、果ては炸裂ダートまでよけてみせる黒猫。
「俺の近くに炸裂ダートなげんなっ! 」
「ごめんなさい。ハゼしてます」ファルコも余裕がない。
それは泥の中を歩く珍奇な魚だ。そしてフライにすると旨い。
完全に追い詰められた俺たちに勝ち誇る小さな黒猫。
「遊びはこれまでだ。では、行くぞ」くそっ?!!
「まて! 」ロー・アースが言う。
「手打ちにしよう」いや、そのメリットない。
「ふざけるな人間めっ!! 」黒猫も文句を言う。
「楽器にされた眷属の恨みはらさで済むか! 」
そりゃそういうわな。ふざけた話だ。
そう思っているとロー・アースは先ほどまで殺し合いをしていたとは思えないほどのにこやかな笑みを見せた。
「白身魚の身とスジ肉を蒸して固めて焼き目をつけた珍しい食い物があるんだが」それは?!
ひらひら。肉モドキのいい匂いがする。ファルコが短剣の動きを止めた。おい。止まるな。
……。
「にゃ~♪ 」
……良いのか??
「……そ、そのような甘言にのるか!! 」デ、デスヨネ!?
「今なら、鰹を木の硬さになるまで干した珍しい食い物をつけよう」「にゃ!! 」
おい、眷属の仇はどうした。
うれしそうに木片(実はカツオらしいがとてもそう見えない)にしゃぶりつく猫? をみながら俺たちはため息をついた。
ふわふわしっぽを動かして木片に夢中な猫。
隣ではファルコが正座して猫をナデナデしている。
コイツもさっきまで殺し合いしてたなんてとても思えない。
……黒猫のしっぽがすっごく動いてる。
二本あるように見え……見え……。
「この猫、尻尾が二本あるぞっ? 」