1 肉球の契約
「起きろチーア」
うっせぇなぁ。夢の中までロー・アースの声など聞きたくはない。
「ぷに ぷに ぷにぷに……」頬をつつかれる。
「起きないの~? 起きないの~? 」ファルコの声が聞こえる。眉やほっぺがくすぐったい。
「……あ。おきたぁ~♪ 」
茶色の髪と瞳と幼児の見た目。
天使のように愛らしい笑顔の相棒だが、この笑顔はいつもとちと違う。
木陰の暖かい風が気持ちよいのはさておき、顔だけあちこちひりひりする。
「『水鏡』」
水の鏡を空中に作る精霊の力だ。
……。
「……ファ~ル……? 」「ぷぷぷ」
「おーい。樹から落とそうとするな~」下からロー・アースのやる気のない声。
「うっさいっ!!! ヒゲだの眉毛だの念入りに木墨で描きやがって!!! 」
「おちる~おちる~♪ 」
俺に両足を捕まれて楽しそうにブラブラしているファルコ。
「危ないぞ」
うひゃ??! おちっ??!!
ファルコは猫みたいにくるくるっ! と回転して着地したが、俺はそういかない。
危うく首の骨を折るところだったが、ロー・アースの魔法で一命を取り留める。
ロー・アースの片手が俺の足首をつかむ。
「いくぞ」「なのの!! 」
「おい! 何処に行くんだよ!! 」俺は抗議の声を上げたが二人は無視した。
……。
……。
「いっててて」
傷薬を盗賊の頬に塗ってやる。
あっちこっち猫の引っかき傷や噛み傷だらけ。お前何をした。
その名の由来となった赤い瞳に涙の後の目やに。
「俺、猫嫌いになりそう」とぼやくレッド。
……お前は盗賊なんだからそりゃ天敵だわな。
「ちょ、ちょっとチーア! やさしく! ……あっ」
うっさい。お前は自分で治せ。フレア。その格好で街中歩くな。
スケスケの薄絹(下着すらつけていない)とサークレットと
靴代わりの布と言う妖精族みたいな格好の少女のあちこちに薬を塗る俺だが。
「あとは自分でやれよ」
変なとこも怪我してるし。「ひっど~!」
「ゲホッ! ゲホッ! くっ! 」
「……いくら春先でも水泳には早いぜ? 」
もう一人の名前は聖騎士・バド。
剣も回復祈祷も自在に操る凄腕だが……まぁ彼の問題点は後述する。
バドには傷はないが、猫に驚かされて完全武装状態で川に落ちたらしい。
いくら癒しの力の強い(冗談抜きで高司祭級)聖騎士とは言え、
溺れてしまっては加護を願う暇もなかったようだ。
「腕利きの三人が猫一匹に遅れを取るなんてなぁ」俺は呆れたが。
三人は「アレ、ただの猫じゃない!」と大声で叫んだ。
「町中の猫が集まってきて、波みたいだったんだぞっ?! 」あはは。ありえん。
「あっちこっちひっかかれるし、服はびりびりだし最悪!」お前は最初から服着てない。
「……」
バドは「カッパの癖に水に溺れるとか」と大笑いしてやった所為か俺と目をあわさない。
「……手も足も出ずに三人ともドブ川に飛び込んでかろうじて逃れた」そう言って黙る。
「はぁぁぁ……。チーアがいて助かったわよ。三人とも死にそうだったし」
ウェイトレスのアキがため息をつくと暖かい松葉茶を持ってきた。少しメープルシュガーが入っている。
「慈愛の女神の使徒って本当に癒しの技術に優れているのね」そういって楽しそうに笑う。
まぁな。俺は針を煮沸したお湯につけ、裁縫道具をしまう。
女みたいとからかわれるので裁縫道具は普段は荷物の奥にしまっている。
「おれたちゃボロキレか」
「いたかった~~! なんで人間を針で縫うのよっ! 糸で縛るとかハムじゃないのよっ! 」
「怪我をしているのにこれ以上怪我をさせるな! 」
レッドたちが抗議しているが無視。
癒しの力だけならバドのほうが冗談抜きで上なのだが、
俺達は医療技術を補助として使うことでより効率よく癒しの力を使える。
放浪癖の酷い兄貴直伝の謎の技術である。
「さすがに俺には猫の引っかき傷の縫合は難しかった」兄貴は上手だが。
絹糸か本人の髪の毛(他の糸では不思議なことに傷口が腐る)で傷口を縫い合わせてから加護を願う。
これで切り傷はかなり効率よく治せる……あの兄貴がこんな変な技を知っていた理由は謎だ。
常人の発想じゃないと思うが、実行してしまうところもいろいろオカシイ。
女神さまに加護を願い、三人の傷を癒す。
「すっげ! 治った! 」「わーい! 服も縫ってくれてありがとうっ! 」「……助かった」
平行に傷を入れられると縫いにくくなる。
結果的に変なとめ方をしちゃったから多少は引きつるが跡形もなくなるはずだ。
「お前らが失敗するなんて珍しいな」
「スマネ。おやっさん」「申し訳ない。ご主人」「エイドごめん! 」
三者三様に謝る三人にエイドさん(相変わらず人類には見えない容姿)は本人は愛想のいいと思っている笑みを向けた。
「なぁに。生きてればチャンスはあるさ」
『猫さがし。必ず生け捕り。無傷で捕まえること。報酬:銀貨一万枚(総額)』
金銭感覚が欠如した奴ってのは何処の世界にもいると思うが、今回は破格の仕事だった。
猫一匹さがして掴まえてくるだけで三人で受けても一年は仕事しなくていい金が手に入るのだ。
当然、希望者は殺到したが、依頼人の意向により、「ただし、腕の良い者に限る」と言うことで、
駆け出し総動員の仕事から精鋭三名による仕事となった。はずだった。
「まさか失敗するとはね」
入り口から声が。
おつきの女(おとなしめの服と化粧をしているが娼婦っぽい)を従えた腹の太ったおっさんが困ったように微笑む。
絶対コイツ腹黒い。うん。俺そう思ったね。
「申し訳ありません」
エイドさんがおっさんに頭を下げる。
「まぁ、ご主人の言うとおり、命があったのを喜びましょう」
おっさんは温厚そうに見える笑みを浮かべ。
「君達も酷い目にあったようだね」
そういって、三人に金貨の入った袋をさしだすが。
「いらねぇよ」「すまぬが断る」「あたし、お金こまってない」
三人はその受け取りを拒否した。……ううう。欲しい。
「すまんが、ケチといわれては私の商売に支障が出るのだよ」
おっさんは金を無理やり渡す。黙って三名は頭を下げる。ふむ。
「で、次の者達はもっと腕利きなんだろうな? 」
レッドたち以上……そんな奴は今はいない。全員冒険に行っちゃってるし。
「……すみません。本日は皆出払っているようです」エイドさんが頭を下げる。
「いるじゃないですか。『地獄の使者』だの『関わると不幸を呼ぶ』だの呼ばれる者たちが」うん……?
おっさんの目が俺の身体をねめ回す。
そういえば黒髪の半妖精や黒髪黒目の戦士とかは珍しい。ましてや妖精族が一緒にいるとか。
「『夢を追う者たち』にお願いします。うちの猫を捕まえてください」
「ふざけっ!!! ……むぐ~~~!! 」
離せファルコ! ロー・アース!
毎度毎度舐めた仕事ばかりやらせんじゃねぇえええええええぇぇぇっっ!!!